映画やドラマのクレジットで、ときどき目にする「アラン・スミシー(Alan Smithee)」という名前。
実在する映画監督のように見えますが、アラン・スミシーという監督は実在しません。
かつてアメリカで、監督が完成した作品を「自分の作品として名前を出したくない」と判断した際に使われていた偽名ですが、単に出来が悪い作品に付けられる名前ではありません。
監督が自由に名乗れるものでもなく、全米監督協会(DGA)が一定の条件のもとで認めていた正式な仕組みです。
有名なところでは『デューン/砂の惑星』の再編集版や『ヘルレイザー4』などで使われ、日本映画『ガンヘッド』にもアラン・スミシー版が存在します。
さらに『ルパン三世vs名探偵コナン THE MOVIE』には、そのまま「アラン・スミシー」という名前の人物まで登場しています。
この記事では、アラン・スミシー名義になった代表作品を一覧で紹介しながら、この不思議な偽名が誕生した理由や、日本作品との関係を詳しく見ていきます。
- アラン・スミシーの代表的な作品一覧
- アラン・スミシーとは実在しない映画監督
- アラン・スミシー誕生のきっかけは『ガンファイターの最後』
- 存在しない新人監督が批評家から評価された
- アラン・スミシーという名前の由来
- 『デューン』にもアラン・スミシー版がある
- 『ヘルレイザー4』もアラン・スミシー作品
- 『アメリカン・ヒストリーX』はアラン・スミシーになれなかった
- 日本映画『ガンヘッド』にもアラン・スミシー版が存在する
- 日本が関わった『クライシス2050』にも使用されている
- コナンにも「アラン・スミシー」が登場する
- 日本アニメではアラン・スミシーをもじった名前も
- 映画だけではなくホイットニー・ヒューストンのMVにも登場
- 名前を消すと制作トラブルについて話せなかった
- アラン・スミシー自身を描いた映画が制度を終わらせた
- 『スーパーノヴァ』では別の偽名「Thomas Lee」が登場
- アラン・スミシーは映画監督の名前から文化的な記号になった
アラン・スミシーの代表的な作品一覧
アラン・スミシー名義が確認されている作品は多数ありますが、注意したいのは、映画そのものがアラン・スミシー名義とは限らないことです。
劇場公開版では本来の監督名が表示され、後から作られたテレビ放送版や海外版などでアラン・スミシーに変更された作品もあります。
代表例をまとめると次のようになります。
| 作品 | 年 | 本来の監督・関係者 | アラン・スミシーになった経緯 |
|---|---|---|---|
| ガンファイターの最後 | 1969 | ロバート・トッテン/ドン・シーゲル | 監督交代により両者がクレジットを望まず |
| Let’s Get Harry | 1986 | スチュアート・ローゼンバーグ | 制作上の対立 |
| デューン/砂の惑星 | 1984 | デヴィッド・リンチ | テレビ向け再編集版 |
| Catchfire | 1990 | デニス・ホッパー | スタジオによる再編集 |
| クライシス2050 | 1990 | リチャード・C・サラフィアン | 米国公開版で使用 |
| ガンヘッド | 1989 | 原田眞人 | 海外向け英語版で使用 |
| ヘルレイザー4 | 1996 | ケヴィン・イェーガー | 製作側との対立・再編集 |
| アラン・スミシー・フィルム | 1998 | アーサー・ヒラー | 完成版をめぐる対立 |
| スーパーノヴァ | 2000 | ウォルター・ヒル | 名前を外したが別の偽名を使用 |
このほか、映画のテレビ放送版や機内上映版などにも使われています。
重要なのは、「アラン・スミシー作品=駄作」という意味ではないことです。
監督の意図とは違う形に編集された、監督が途中交代した、制作会社と監督の間で創作上の対立が起きたなど、監督が最終版に責任を持てない事情が背景にあります。
アラン・スミシーとは実在しない映画監督
Alan Smitheeは、映画監督が自分の名前をクレジットから外す際に使用されていた偽名です。
長年にわたり全米監督協会(Directors Guild of America/DGA)が運用していました。
ただし、
「完成した映画が気に入らない」
というだけで自由に使えたわけではありません。
監督が作品に対する十分な創作上のコントロールを失っていたことなどについてDGAが審査し、認められた場合に本名を外すことができました。
そのため映画業界では、
監督欄にAlan Smitheeと書かれている=制作中に何らかの問題が起きた可能性がある
ことを示すサインにもなっていきました。
アラン・スミシー誕生のきっかけは『ガンファイターの最後』
最初にアラン・スミシーが使われたのは、1969年公開の西部劇『ガンファイターの最後(Death of a Gunfighter)』です。
当初の監督はロバート・トッテンでした。
ところが撮影中、主演のリチャード・ウィドマークとの関係が悪化し、トッテンは途中で降板。代わってドン・シーゲルが撮影を引き継ぎます。
完成した映画は、二人の監督が撮影した映像が混在する作品となりました。
そこで問題になったのが、
「誰を監督としてクレジットするのか」
ということでした。
トッテンは自分の名前を出すことを望まず、途中から参加したシーゲルも自分だけの作品として名前を出すことを望みませんでした。
そこでDGAが考案した架空の監督名が「Allen Smithee」です。
その後、一般的には「Alan Smithee」という綴りが使われるようになります。
存在しない新人監督が批評家から評価された
『ガンファイターの最後』には、さらに面白い後日談があります。
映画を見た批評家の中には、Allen Smitheeが架空の人物だと知らない人もいました。
そのため、存在しない新人監督の演出を本気で評価する映画評が登場しました。
しかも『ガンファイターの最後』そのものは決して酷評一色だったわけではありません。
結果として映画史上、
実在しない映画監督がデビュー作で批評家から評価される
という珍しい出来事が起きました。
アラン・スミシーという名前の由来
Alan Smitheeには、「The Alias Men(偽名の男たち)を並べ替えたアナグラム」という有名な説がありますが、諸説あります。
関係者の証言では、当初はごく一般的な名前である「Alan Smith」が候補になりました。
しかし、実在する人物との混同を避ける必要などから名前が調整され、
Smith
↓
Smithe
↓
Smithee
と変化していったとされています。
「The Alias Men」のアナグラムになるのは興味深い偶然ですが、これを名前の由来として断定するのは避けた方がよいでしょう。
『デューン』にもアラン・スミシー版がある
有名な使用例の一つが、デヴィッド・リンチ監督の『デューン/砂の惑星』です。
1984年に公開された劇場版の監督名は通常通りDavid Lynchですが、問題になったのは、その後に作られたテレビ放送用の拡大版でした。
リンチが認めていない編集や追加が行われたため、リンチはこのバージョンから自分の監督名を外します。
そこで監督として表示されたのが、
Alan Smithee
でした。
さらに興味深いことに、リンチは脚本クレジットからも自分の名前を外しています。
そこで使用された名前が、
Judas Booth
です。
「Judas」はキリストを裏切ったユダ、「Booth」はリンカーン大統領を暗殺したジョン・ウィルクス・ブースを連想させる名前です。
単なる匿名ではなく、作品を改変されたことへの強烈な皮肉が込められた偽名として知られています。
『ヘルレイザー4』もアラン・スミシー作品
『ヘルレイザー4』こと『Hellraiser: Bloodline』も、有名なアラン・スミシー作品です。
本来の監督は特殊メイク・特殊効果でも知られるケヴィン・イェーガー。
しかし製作会社との間で作品の方向性をめぐる問題が発生し、追加撮影や再編集が行われました。
完成した作品が自身の意図したものではなくなったことから、イェーガーは監督クレジットから名前を外し、公開版ではAlan Smithee名義となりました。
同じ「アラン・スミシー作品」でも、それぞれ名前が消えた理由は異なります。
『アメリカン・ヒストリーX』はアラン・スミシーになれなかった
逆に、監督本人がアラン・スミシーを希望したのに認められなかった有名作品もあります。
1998年の『アメリカン・ヒストリーX』です。
監督トニー・ケイは編集をめぐって製作側や主演のエドワード・ノートンと激しく対立。
完成版に自分の名前を出したくないとして、Alan Smithee名義への変更を求めましたが、DGAは認めませんでした。
そこでケイは別の名前として、
Humpty Dumpty(ハンプティ・ダンプティ)
まで提案します。
これも認められず、映画は最終的に「Directed by Tony Kaye」のまま公開されました。
この一件からも、Alan Smitheeが監督の判断だけで自由に使用できる名前ではなかったことが分かります。
日本映画『ガンヘッド』にもアラン・スミシー版が存在する
日本との関係で特に面白いのが、1989年公開のSF映画『ガンヘッド』です。
日本版の監督は原田眞人です。
ところが海外向けに制作された英語版では事情が異なります。
原田監督は海外メディアのインタビューで、『ガンヘッド』の英語吹替版について語っています。
もともとフィルムマーケット向けに制作した英語版だったものの、香港で制作された吹替の出来に納得していなかったといいます。
ところが、そのバージョンが海外で使用され、アメリカにも販売されることになりました。
原田監督はそのバージョンに自分の名前を使用することを拒否。
その結果、『ガンヘッド』のAlan Smithee版が誕生しました。
日本が関わった『クライシス2050』にも使用されている
もう一つ日本との関係で見逃せないのが、SF映画『クライシス2050(Solar Crisis)』です。
日本側の企業も深く関わった日米合作の大規模SF映画で、本来の監督はリチャード・C・サラフィアン。
しかし米国公開版では、監督がAlan Smithee名義になりました。
そのため、日本とアラン・スミシーの関係は『ガンヘッド』だけではありません。
海外向けに編集や公開形態が変化したことで監督名まで変わってしまった作品が、日本関連映画にも存在します。
コナンにも「アラン・スミシー」が登場する
「アラン・スミシー」と検索すると、「コナン」という関連キーワードが出てくることがあります。
2013年公開の『ルパン三世vs名探偵コナン THE MOVIE』には、実際にアラン・スミシーという名前のキャラクターが登場します。
声を担当したのは内野聖陽です。
この人物はジランバ共和国に関係する謎の男として登場します。
そして「アラン・スミシー」という名前は、映画界の偽名を意識したものになっており、作中でもコナンがこの名前に反応し、映画監督が使用する偽名であることに気付きます。
つまり、偶然同じ名前の人物が登場したわけではありません。
「アラン・スミシー=正体を隠すための偽名」という映画界の知識を利用したネタになっています。
日本アニメではアラン・スミシーをもじった名前も
日本のアニメ業界では、さらに独自の使われ方も見られます。
例えば『銀盤カレイドスコープ』では、
Alan Smi Thee
という非常に分かりやすい名前がクレジットされています。
ほかにも、
「亜乱 炭椎」
「阿乱 済志」
「阿乱 須未椎」
など、「アラン・スミシー」を日本人名風に変形させたとみられるクレジットが複数のアニメ作品で確認されています。
ただし、これらは本家DGAのAlan Smithee制度とは別物です。
アメリカ映画界で「作品に自分の名前を出さない監督」を意味したAlan Smitheeが広く知られるようになり、匿名・変名クレジットを意味する業界ネタとして日本でも使われるようになったと考えた方が分かりやすいでしょう。
映画だけではなくホイットニー・ヒューストンのMVにも登場
Alan Smitheeが使われたのは映画だけではありません。
意外な有名作品が、ホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」のミュージックビデオです。
本来の監督はニック・ブラント。
ところが完成したMVに本人が望まない変更が加えられたため、監督クレジットを外しました。
その結果、監督として表示されたのがAlan Smitheeです。
世界的に知られる楽曲のMVにも、アラン・スミシー作品が存在することになります。
ほかにも海外では複数のミュージックビデオでAlan Smithee名義が確認されています。
名前を消すと制作トラブルについて話せなかった
アラン・スミシーについて誤解されやすいのが、「監督が気に入らない映画から名前を消す制度」というイメージです。
実際には、それほど簡単ではありませんでした。
DGAによる審査があり、Alan Smitheeの使用が認められた場合、監督は作品との関係を否定する代わりに、制作上の問題について公に語らないことも求められていました。
つまり、「自分が作った映画ではないから名前を消す」という選択をした後に、「実は製作会社にこんな改変をされた」と宣伝の場で訴えることはできません。
監督にとっては重い選択でした。
実際、作品に不満がありながらSmitheeを使用しなかった監督もいます。
マーサ・クーリッジは『Joy of Sex』をめぐって問題を抱えながら、自分の側から何が起きたのかを話せるようにするため、Smitheeを選ばなかったとされています。
アラン・スミシーは単なる「恥ずかしい作品から名前を消す制度」ではなく、監督と作品との関係そのものを切り離すための仕組みだったのです。
アラン・スミシー自身を描いた映画が制度を終わらせた
この制度には、映画のような皮肉な結末があります。
1998年に公開されたのが、『An Alan Smithee Film: Burn Hollywood Burn』。
日本では『アラン・スミシー・フィルム』として知られる映画です。
タイトル通り、Alan Smitheeという偽名制度そのものを題材にした作品でした。
ところが制作中に、本当の監督アーサー・ヒラーが完成版をめぐって対立します。
そしてヒラー自身が監督クレジットから名前を外してしまいました。
その結果、「アラン・スミシーを題材にした映画」の監督が、本当にAlan Smitheeになったのです。
あまりにも皮肉な展開ですが、この映画によってAlan Smitheeという偽名の意味が一般にも広く知られるようになりました。
偽名なのに、名前を見ただけで、「本当の監督が作品を認めていないのだろう」と分かってしまう。
これでは匿名にする意味がありません。
DGAはその後、Alan Smitheeという共通の偽名を使う方法を廃止しました。
『スーパーノヴァ』では別の偽名「Thomas Lee」が登場
その変化を象徴するのが2000年のSF映画『スーパーノヴァ』です。
制作途中で監督ウォルター・ヒルが作品から離れ、完成版から自分の名前を外しました。
しかし監督名はAlan Smitheeではありません。
使用されたのは、Thomas Leeという別の偽名でした。
つまり、監督が作品から名前を外すケース自体が完全になくなったのではありません。
「Alan Smithee」という誰もが知る共通の偽名を使う時代が終わったということです。
アラン・スミシーは映画監督の名前から文化的な記号になった
Alan Smitheeは1969年、一つの西部劇で起きた監督交代問題を解決するために生まれました。
しかし約30年間使われるうちに、その意味は映画業界の外にも広がっていきます。
映画だけでなくテレビ、ミュージックビデオ、さらにはコミックでもAlan Smitheeという名前が使用されました。
日本でも『ガンヘッド』の海外版で実際に使われたほか、アニメでは名前をもじったクレジットが登場し、『ルパン三世vs名探偵コナン THE MOVIE』では「偽名であること」を利用したキャラクター名にまでなっています。
もともとは本当の監督を隠すための名前だったAlan Smithee。
ところが有名になりすぎた結果、名前を見ただけで、
「この作品の裏側で何かあった」
と分かる名前になってしまいました。
そして最後には、アラン・スミシー自身を題材にした映画によって、その役割を終えることになります。
実在しない映画監督でありながら、これほど多くの作品と制作トラブルに名前を残した「監督」は、映画史を探してもほかにはなかなか見つからないでしょう。