Netflix『ダウンタイム』には、患者が認識している担当医とは別の医師が、実際の手術を担当する「シャドードクター」が登場します。
「有名な先生を指名したはずなのに、麻酔で眠った後に別の医師へ交代する」
そんなことが本当にあるのでしょうか。
調べてみると、いわゆる「ゴーストオペ」「ゴーストサージェリー」は実在します。
特に韓国では美容整形をめぐるゴーストオペが大きな社会問題となり、死亡事故も発生。問題を受けて、手術室へのCCTV(監視カメラ)設置を義務付ける法律まで施行されています。
『ダウンタイム』で描かれた世界は、完全なフィクションとは言い切れないようです。
『ダウンタイム』に登場するシャドードクターとは
『ダウンタイム』では、松岡茉優さん演じる沼田文や、中川家・礼二さん演じる疋田文男が「シャドードクター」として描かれます。
Netflixが作品配信前に公開した美容整形キーワードでも、「シャドードクター」は、
患者が認識している担当医とは別の医師が、実際の手術を担当することを指して使われる俗称
として紹介されています。
つまり、患者はA医師に手術してもらうつもりだったのに、実際にはB医師が手術していたということです。
同じような行為は「ゴーストオペ」「ゴーストサージェリー」「ゴーストオペレーター」などとも呼ばれています。
ゴーストオペは本当に実在する
結論からいうと、実在します。
2018年には、韓国の梨花女子大学木洞病院の形成外科医らが「Is the “ghost surgery” the subject of legal punishment in Korea?」という、そのものずばりの医学論文を発表しています。
論文ではゴーストサージェリーについて、患者と医師・患者関係を結んだ担当医ではなく、許可されていない別の執刀医が代わりに手術する行為と説明されています。
さらに、韓国では美容整形分野でこの問題が広がり、患者が「有名な美容外科医に手術してもらえる」と信じている一方、麻酔で意識を失った後に別の医師へ交代するケースが問題になっていると指摘されています。
『ダウンタイム』の設定とかなり近い話です。
なぜわざわざ別の医師に手術させるのか
では、なぜこのようなことが行われるのでしょうか。
『ダウンタイム』の医療監修に参加した高須幹弥医師も、ドラマ公開後の解説でゴーストオペについて触れています。
高須医師によると、日本よりも特に韓国で問題になっているとしたうえで、人気医師に患者の予約が集中することが背景の一つにあると説明しています。
患者はSNSやインターネットで医師について調べ、「この先生に手術してほしい」と人気医師を指名します。
しかし、一人の医師が一日にできる手術には限界があります。
そこで人気医師の名前で患者を集め、患者に全身麻酔をかけた後、別の医師が実際の手術を行うケースがあるというのです。
高須医師は、経験の少ない医師の練習として手術させたり、患者が知らない無名の医師が担当したりするケースについても説明しています。
人気医師をいわば「看板」にして患者を集め、実際の手術を別の医師に担当させれば、クリニック側は人気医師一人の手術可能件数を超えて患者を受け入れられることになります。
韓国では高校生の死亡事故をきっかけに問題が表面化
韓国でゴーストオペが大きく注目されるきっかけの一つとなったのが、2014年に起きた高校生の死亡事故です。
韓国KBSの報道によると、大手美容整形病院で目と鼻の美容整形手術を受けていた女子高校生が死亡。この事故をきっかけに、それまで噂として語られていたゴーストオペの実態が広く知られるようになりました。
KBSはその後も調査を続け、患者のリストや手術スケジュール、関係者への取材などを通じてゴーストオペの問題を報道しています。
医学文献でも、この高校生が手術後に低酸素性脳障害で死亡した事例が、韓国でゴーストサージェリーを調査する契機になったと紹介されています。
単なる美容整形業界の噂ではなく、患者の命に関わる問題として表面化したのです。
無資格者が手術室に入った疑惑まで報道された
さらに驚くのが、「別の医師」が担当するだけでは済まないケースです。
KBSは2019年の調査報道で、韓国で医療行為を行う資格を持たない人物が美容整形手術に関与していた疑惑についても追跡しています。
報道では、手術室にいる人物を撮影した映像などを入手し、その人物がなぜ美容整形病院の手術室にいたのかを検証しています。
ゴーストオペと一口にいっても、「同じ病院の別の医師が担当する」というケースだけではなく、さらに深刻な問題につながる可能性があるということです。
麻酔で眠っているため患者自身には分からない
ゴーストオペの大きな問題は、患者が手術中の状況を確認できないことです。
全身麻酔や鎮静によって患者の意識がない間に執刀医が交代すれば、患者本人が気づくことは困難です。
2018年の韓国の医学論文でも、ゴーストオペは患者が意識を失っている間に行われ、実際に手術した医師の名前が手術記録に残らないこともあるため、後から事実を確認することが難しいと指摘されています。
患者は「この先生に手術してもらった」と思ったまま退院する可能性もあるわけです。
韓国では手術室のCCTV設置が義務化された
ゴーストオペをめぐる問題は、その後、韓国の法律まで動かしました。
韓国では2021年に医療法が改正され、2023年9月から手術室へのCCTV設置に関する制度が施行されています。
全身麻酔などで患者が意識のない状態で手術を行う医療機関では手術室にCCTVを設置し、一定の条件のもと患者が撮影を求められる仕組みです。
この法改正の背景には、ゴーストオペなど手術室内で起きる不正行為への社会的不信がありました。(kci.go.kr)
さらに2025年に韓国医療倫理学会誌へ掲載された論文でも、ゴーストオペ問題が社会的な注目を集め、医療法改正と手術室の映像記録制度につながった経緯が取り上げられています。
つまり韓国では、
「本当に担当医が手術しているのか」
という患者側の不安が、国の制度を変更するところまで発展したことになります。
チームで手術すること自体がゴーストオペではない
ここは誤解しないようにしたいところです。
手術では複数の医師や医療従事者が参加することがあります。
担当医以外の医師が手術に参加したからといって、すべてがゴーストオペになるわけではありません。
問題になるのは、患者が「この医師が執刀する」と説明を受けて同意したにもかかわらず、その事実を知らせないまま別の人物に手術を任せることです。
2018年の韓国の医学論文でも、複数の医師が参加するチーム医療であっても、患者から同意を得た担当医が手術全体について責任を負う必要があると論じています。
「複数の医師による手術」と「患者に隠した執刀医の交代」は、分けて考える必要があります。
『ダウンタイム』のシャドードクターは完全な創作ではなかった
『ダウンタイム』を見ていると、シャドードクターという設定は美容整形業界の「闇」を強調するために作られたフィクションのようにも見えます。
しかし、現実には「ゴーストサージェリー」という言葉で医学論文が発表されるほど、実際に問題になってきました。
特に韓国では美容整形をめぐるゴーストオペが社会問題となり、死亡事故をきっかけに大きく報道され、最終的には手術室へのCCTV設置をめぐる法改正にまで発展しています。
高須幹弥医師も、『ダウンタイム』の監修について解説する中で、シャドードクターやゴーストオペレーターについて「日本よりも韓国で問題」と説明しています。
そのため、ドラマに登場するシャドードクターは、まったくの架空の存在というわけではありません。
「指名した人気医師が手術してくれると思っていたのに、麻酔で眠っている間に別の人物へ交代していた」――そんな『ダウンタイム』の世界に近い問題は、現実にも起きています。