Netflixドラマ『ダウンタイム』に登場し、強烈なインパクトを残すのが「ボトックスパーティー」です。
クラブのような華やかな会場に大勢の人が集まり、お酒や会話を楽しむような雰囲気のなかで、次々とボトックス注射を受けていきます。
さらに驚くのが、ボトックスと思われる液体をシャンパンタワーのようにグラスへ流し、そこから注射器で吸い上げる場面。
さすがにドラマの創作ではないかと思ってしまいますが、実は「ボトックスパーティー」と呼ばれるもの自体は海外に実在します。
ただし、『ダウンタイム』の描写がすべて現実に行われているわけではありません。
実際のボトックスパーティーとはどのようなものなのか、ドラマの医療監修に携わった高須幹弥医師の解説や、海外の医学・公的機関の情報をもとに調べました。
『ダウンタイム』に登場するボトックスパーティー
『ダウンタイム』は、美容整形業界を舞台に「美」と「医療」をめぐるさまざまな問題を描いたNetflixシリーズです。
Netflixの公式紹介でも、作品に登場する場面の一つとして「煌びやかなボトックスパーティー」が挙げられています。
大勢の人が集まるクラブのような会場でボトックス注射が行われ、さらにシャンパンタワーのようにグラスへ液体を流し、そこから注射器で吸って参加者へ注射していきます。
「こんなことが本当に行われているの?」と思った人も多いのではないでしょうか。
結論からいうと、ボトックスパーティー自体は実在します。しかし、シャンパンタワーからボトックスを吸い上げる行為はドラマ上の演出です。
ボトックスパーティーは本当に実在する
ボトックスパーティーは、英語でもそのまま「Botox Party」と呼ばれています。
一般的には、自宅やイベント会場などに複数の人が集まり、交流を楽しみながらボツリヌストキシン注射などの美容施術を受けるイベントを指します。
決して『ダウンタイム』が作った架空の言葉ではありません。
実際、米国形成外科学会(American Society of Plastic Surgeons)は「Botox Parties」というタイトルの患者向け動画を公開しています。
その中では、ボトックスパーティーへ参加する場合には、誰が注射を行うのか、形成外科医など適切な資格を持った人物なのか、皮膚の消毒や患者ごとの手袋交換など衛生管理が行われているかを確認する必要があると注意を促しています。
つまり、専門学会がわざわざ注意喚起をするほど、米国では実際に行われてきたものなのです。
ボトックスパーティーは最近始まったものではない
ボトックスパーティーという文化は最近SNSから生まれたものでもありません。
2003年に医学誌『Plastic and Reconstructive Surgery』に掲載された論文でも、すでに「Botox party」が取り上げられています。
当時行われた米国形成外科学会のWeb調査では、ボツリヌストキシン注射を予定している回答者が多い一方、ボトックスパーティーで施術を受けることに抵抗がないと答えた人は3%にとどまり、93%は医師の診療所で受けるほうが安心だと回答していました。
少なくとも20年以上前には、すでに米国で「パーティー形式でボトックスを打つ」というスタイルが知られていたことになります。
高須幹弥医師も「アメリカで問題になっている」と解説
『ダウンタイム』では、高須クリニックの医師や看護師が医療現場や手術シーンの監修に携わっています。
高須幹弥医師はドラマ配信後の解説動画で、劇中のボトックスパーティーについて触れています。
高須医師によると、クラブやディスコのような場所に人を集め、医師がボトックスを注射するボトックスパーティーは実際にあり、特にアメリカでは問題になっているとのこと。
一方、高須クリニックではこのようなボトックスパーティーは行っていないと明言しています。
そのため、ドラマに登場する「パーティー会場で次々にボトックスを打つ」という設定には、現実に存在する文化が下敷きになっていると考えてよさそうです。
シャンパンタワーからボトックスを吸うのはドラマの演出
では、劇中で特に衝撃的だった「ボトックスのシャンパンタワー」も実在するのでしょうか。
こちらは現実のボトックスパーティーとは別に考える必要があるようです。
高須幹弥医師は『ダウンタイム』配信後、この場面について改めて動画で説明していますが、グラスへボトックスを流し、そこから注射器で吸い取って体内へ注射するという行為は「医学的にありえない」とのこと。
撮影時にも監修側の医師から制作側へ「これはありえない」と伝えたものの、最終的にはドラマ上の演出として採用されたと説明しています。
したがって、
ボトックスパーティーそのものは実在するものの、「ボトックスシャンパンタワー」まで海外で一般的に行われているわけではありません。
ここはドラマと現実を分けて見る必要があります。
実際のボトックスパーティーで健康被害も起きている
さらに調べると、ボトックスパーティーは単なる珍しい海外文化というだけではなく、実際に深刻な健康被害につながったケースがあります。
2024年、米国では偽造品などのボツリヌストキシン注射を受けた人に健康被害が相次ぎ、CDC(米国疾病予防管理センター)が調査を行いました。
2024年4月18日時点では11州から22人の健康被害が報告され、確認できた20人のうち11人が入院。6人にはボツリヌス中毒が疑われたため抗毒素が投与されています。
しかも、報告された22人全員が、無資格・十分な訓練を受けていない人物から施術を受けたか、自宅やスパなど医療機関ではない場所で注射を受けていました。
CDCが同年7月に発表した報告では、テネシー州、ケンタッキー州、ニューヨーク市で計7人が非医療環境でボツリヌストキシンとみられる注射を受けた後に体調を崩し、4人が入院しています。
このうち6人は住宅で施術を受けていました。テネシー州とケンタッキー州の4人に使われた製品については、FDAによって偽造品と判断されています。
自宅の「ボトックスパーティー」から呼吸困難になった症例も
さらに、医学誌には「From Botox Party to Botulism」という、そのものずばりの症例報告もあります。
報告された女性は、自宅で無資格の施術者からボツリヌストキシン注射を受けた後、まぶたが下がる、飲み込みにくい、うまく話せない、息苦しい、筋力が低下するといった症状を発症しました。
病院ではボツリヌス中毒を疑って抗毒素による治療が行われ、その後症状は改善しています。
論文では、使用された製品が偽造品だった可能性も指摘されています。
もちろん、これは正規の医療機関で適切に行われるボツリヌストキシン治療そのものが危険だという話ではありません。
問題になっているのは、誰が注射するのか、どこから入手した薬剤なのか、どのような環境で施術するのかという部分です。
CDCも、FDA承認製品を使用し、資格と訓練を受けた医療従事者から、医療・認可された環境で注射を受けるよう呼びかけています。
お酒を飲みながらボトックスを打っても大丈夫?
「パーティー」という名前から気になるのが、お酒を飲みながらボトックス注射を受けてもよいのかという点です。
米国形成外科学会の記事では、ボトックスなどの注射施術後は少なくとも24時間、医師によっては24~48時間の禁酒を勧めています。
アルコールによって血管が拡張し、血小板による止血にも影響するため、内出血や腫れが増える可能性があるためです。
その意味でも、お酒を楽しむ一般的なパーティーと医療行為であるボトックス注射は、あまり相性のよい組み合わせとはいえません。
『ダウンタイム』のボトックスパーティーは「半分本当、半分演出」
『ダウンタイム』を見ていると、あまりに派手な光景なので「こんなパーティーが本当にあるわけがない」と思ってしまいますが、調べてみるとボトックスパーティーそのものは実在し、少なくとも2000年代初頭には米国ですでに知られていました。
現在でも米国形成外科学会が注意を促しており、自宅などの非医療環境で行われた注射による深刻な健康被害も報告されています。
一方、『ダウンタイム』で描かれたシャンパンタワーのようにボトックスをグラスへ流し、そこから注射器で吸い取る行為は現実の一般的なボトックスパーティーを再現したものではありません。
医療監修に携わった高須幹弥医師も、この部分については医学的にありえない描写であり、ドラマ上の演出だったと説明しています。
つまり、劇中のボトックスパーティーは完全な作り話ではないものの、現実をそのまま映像化したものでもありません。
「パーティー会場でボトックスを打つ」という発想は現実。「ボトックスのシャンパンタワー」はドラマの演出。
ここを分けて見ると、『ダウンタイム』のあの異様なシーンが何を元に作られたのかが見えてきます。