「ミスマガジン2004」でグランプリを受賞し、グラビアやバラエティー番組で活躍した小阪由佳さん。
人気絶頂だった2009年に芸能界を離れ、翌年には以前と大きく異なる姿でライブへ登場したため、「なぜ激太りしたの?」「引退後に何があったの?」と話題になりました。
小阪由佳さんは後年、信頼していた年上の女性占い師から精神的な支配を受け、「話題を作るために太れ」と指示されたと明かしています。
高カロリーの食事を無理に続けて実際に体重を増やしたうえ、話題になった写真では服の中へタオルを入れ、さらに太って見えるよう演出していたと本人が説明しています。
この記事では、小阪由佳さんが占い師を信じるようになった経緯、激太りした理由、芸能界引退後に関係を断ち切るまで、現在の仕事や夫について紹介します。
※記事中の「洗脳」「精神的支配」という表現は、小阪由佳さん本人が著書やインタビューで語った内容に基づいています。
- 小阪由佳の現在はタレント兼芸能事務所代表
- 小阪由佳の基本プロフィール
- 小阪由佳はなぜ占い師を信じたのか
- 芸能界引退も占い師に後押しされた
- 激太りした理由は「話題を作るため」
- 毎日のように高カロリーの食事を続けた
- 最も重い時期は71.5キロだった
- 激太り写真では服の中にタオルを詰めていた
- 過激なブログにも占い師が関わっていた
- 「奴隷」と紹介されるほど支配されていた
- ストレスで頭皮をかきむしることもあった
- 保育園で働いたことが回復のきっかけに
- 「マツコ・デラックスくらいまで」と言われ疑問を持った
- 保育の仕事を始めた理由
- 小阪有花に改名した理由と現在の名前
- 夫は元『仮面ライダー響鬼』俳優の栩原楽人
- 『くりぃむナンタラ』で激太りの理由を告白
- 小阪由佳が過去を公表した理由
- まとめ
小阪由佳の現在はタレント兼芸能事務所代表
小阪由佳さんは、2026年現在、タレント活動を行いながら芸能事務所「株式会社グラビアアイドル」の代表を務めています。
かつてのようなグラビア活動だけに戻ったのではありません。
自身が芸能界で経験した挫折や占い師との関係、保育の仕事で得た経験を生かし、若いタレントの支援やメンタル面に関する発信も行っています。
2023年11月には、本名の「小阪由佳」で芸能活動を再開しました。
復帰後は配信番組『小阪由佳のアイドル㊙女子会』でMCを務め、アイドルが抱える悩みやメンタル面、芸能活動を続けるために必要なことなどを取り上げています。
2025年には、占い師から受けた精神的支配についてまとめた著書『六本木洗脳』を晶文社から出版。過去の出来事を隠すのではなく、自身の経験として語る活動も始めています。
小阪由佳の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小阪由佳(こさか ゆか) |
| 一時期の活動名 | 小阪有花 |
| 生年月日 | 1985年6月27日 |
| 年齢 | 41歳(2026年9月現在) |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 身長 | 169cm |
| 芸能界入り | 2003年に渋谷でスカウト |
| 主な受賞歴 | ミスマガジン2004グランプリ |
| 現在の活動 | タレント、芸能事務所代表 |
小阪由佳さんは2003年にスカウトされ、2004年に「ミスマガジン2004」のグランプリを受賞しました。
受賞後は知名度が一気に上がり、コンビニエンスストアのキャンペーンやグラビア、ドラマ、映画、バラエティー番組などへ出演しています。
「ゆかちん」の愛称でも親しまれ、『開運音楽堂』『Matthew’s Best Hit TV』『アキハバラ@DEEP』などで活躍しました。
小阪由佳はなぜ占い師を信じたのか
小阪由佳さんが「姉さん」と呼んでいた年上の女性占い師とは、ある番組で共演したことをきっかけに知り合いました。
当時の小阪さんは、多くの番組に出演する人気タレントでした。
しかし、本人には「自分だけの特別な才能がある」という自信がなく、このまま芸能界で仕事を続けられるのかという不安を抱えていたといいます。
周囲からは「天然」「おバカ」といったキャラクターを求められていましたが、実際には番組収録中に吐きそうになるほど緊張していたことも明かしています。
人気が高まるほど、
- 今の人気がいつまで続くのか
- 自分の代わりが現れるのではないか
- グラビアを卒業した後に何をすればよいのか
- 芸能界で生き残れるだけの能力があるのか
という不安が大きくなっていきました。
その悩みを聞いてくれたのが占い師でした。
最初から無理な要求をされたわけではなく、相談を重ねて信頼を深めるうちに、占い師の言葉を自分の判断より優先するようになったと小阪さんは説明しています。
芸能界引退も占い師に後押しされた
小阪由佳さんは2009年、デビューから約5年で芸能界を離れました。
本人によると、当時は本当に引退を決意していたわけではなく、「もう引退したほうがよいのかな」と占い師へ弱音を吐いた段階だったそうです。
ところが、占い師から引退を後押しされ、そのまま芸能活動をやめてしまいました。
引退後は、仕事で埋まっていた予定が突然なくなりました。
芸能界を離れたいという気持ちがあった一方で、注目されなくなることへの恐怖も消えていませんでした。
小阪さんは後に、当時は「注目されなければ自分には価値がない」と考えていたと振り返っています。
自分が何を望んでいるのか分からない状態で、占い師から提案されたのが、引退後に大幅に太って世間の注目を集めるという方法でした。
激太りした理由は「話題を作るため」
小阪由佳さんは、占い師から「一度引退して、すごく太れば話題になる」と提案されたと明かしています。
2007年から2009年ごろは、芸能人が太った、痩せたという体形の変化がネットニュースになりやすい時期でした。
占い師はその状況を利用し、人気グラビアアイドルだった小阪さんが別人のように太れば、大きな話題になると考えたようです。
小阪さん自身も、芸能界を辞めた後に存在を忘れられることへの不安があり、その指示を受け入れてしまいました。
しかし、占い師が求めたのは、少し体重を増やすことではありません。
小阪さんは、少し太っただけでは話題にならないと言われ、見た人が驚くほど大幅に体形を変えるよう求められたと説明しています。
毎日のように高カロリーの食事を続けた
小阪由佳さんは、短期間で体重を増やすため、高カロリーの食事を無理に続けました。
グラビア時代には体形を維持するために避けていたラーメンを食べ、チャーシューや卵などを大量に載せたメニューを選ぶようになったそうです。
さらに、カレーへバターや揚げ物を加え、できるだけ多くのカロリーを摂取しようとしました。
本人が明かした主な食生活は次のとおりです。
- トッピングを大量に載せた家系ラーメン
- バターを加えたカツカレー
- 揚げ物などを組み合わせた高カロリーの料理
- 満腹でも体重を増やすために食べ続ける
- 体が受け付けず吐いても、再び食べる
これは食べることを楽しむ生活ではありませんでした。
2010年2月11日に開催するライブへ向け、占い師から「まだ足りない」「もっと太れ」と繰り返し求められたといいます。
小阪さんは体が食事を受け付けなくなっても、占い師の指示に逆らうことができませんでした。
最も重い時期は71.5キロだった
小阪由佳さんは、増量を始めた当初、食事によって約10キロ体重を増やしたと説明しています。
しかし、それでも占い師が求めるほどの見た目にはなりませんでした。
その後も増量生活を続け、ABEMAの取材では、最も重い時期の体重が71.5キロだったと紹介されています。
小阪さんは身長169cmです。体重の数字だけで健康状態を判断することはできませんが、グラビア活動をしていたころと比べて見た目が大きく変化したため、当時は「20キロ激太り」などと報じられました。
増量の経緯を整理すると、次のようになります。
| 段階 | 本人が明かした内容 |
|---|---|
| 増量を始めた理由 | 占い師から、話題になるために太るよう提案された |
| 最初の増加量 | 食事で約10キロ増量 |
| その後 | ライブに向けてさらに増量を求められた |
| 最も重い時期 | 71.5キロと紹介されている |
| 世間の反応 | 以前との違いから「20キロ激太り」と報道された |
「10キロ増えた」と「20キロ太った」という二つの情報があるのは、増量の途中と最も重かった時期を指しているためです。
激太り写真では服の中にタオルを詰めていた
当時広まった写真の体形が、すべて実際の体重増加によるものだったわけではありません。
小阪由佳さんは、写真を撮影する際に服の中へタオルを詰め、実際よりもさらに太って見えるようにしていたと明かしています。
約10キロ増やしても、占い師が期待したほどの衝撃的な見た目にならなかったためです。
首や顔が肉に埋もれたように見せることで、人気グラビアアイドル時代との違いを強調しました。
その写真が世間に広まり、「小阪由佳が別人のようになった」「激太りした」と大きく報じられました。
実際に体重を増やしていたことは事実ですが、写真には話題を作るための演出も加えられていたということです。
過激なブログにも占い師が関わっていた
芸能界引退後、小阪由佳さんのブログには、それまでのイメージとかけ離れた過激な文章や、意味を理解しにくい内容が投稿されました。
当時は、小阪さん本人が突然変わってしまったと受け取られていました。
しかし小阪さんは後年、占い師がブログの内容にも深く関わっていたと説明しています。
占い師は小阪さんを「マボ」という別の名前で呼んでいました。
小阪さんは、この呼び名について、以前の「小阪由佳」という自分を消し、占い師の支配下にある別の人物へ変えるような行為だったと振り返っています。
ブログを読んだ人から「本人ではなく、誰かがなりすましているのではないか」と疑われると、占い師は小阪さん本人が激太りした姿で人前に出れば、本当に本人が投稿していると証明できると考えました。
その結果、2010年2月11日のライブが企画されました。
小阪さんは拒否できる状態ではなく、占い師の指示どおり、太った姿でライブへ出演したと説明しています。
「奴隷」と紹介されるほど支配されていた
小阪由佳さんは、占い師から半ば奴隷のように扱われていたと振り返っています。
占い師が周囲へ小阪さんを「私の奴隷」と紹介することもあったと、後年のインタビューで明かしました。
また、「霊がついている」と言われ、居酒屋のトイレで突然髪を切られた経験も告白しています。
普通であれば拒否するような行為でも、当時の小阪さんは占い師の判断が正しく、自分の考えのほうが間違っていると思い込んでいたといいます。
占い師との関係は、次第に助言を求める関係から、生活や人間関係まで指示される関係へ変化していきました。
- 占い師の許可がなければ物事を決められない
- 周囲の人との関係を遠ざけられる
- 別の呼び名を付けられる
- 太るよう繰り返し命令される
- 過激なブログやライブに関与される
- 嫌だと思っても断れない
小阪さんは、この状態を「洗脳」「精神的支配」と表現しています。
ストレスで頭皮をかきむしることもあった
無理な過食や占い師からの精神的な支配は、小阪由佳さんの心身にも影響を与えました。
本人は、強いストレスから頭皮を1時間以上かき続けることがあり、指に血がつくことで安心するような状態だったと明かしています。
食事についても、体が受け付けず吐いてしまうほど苦痛を感じていました。
占い師との関係を断った後も、「さしすせそ」をうまく発音できなくなるなど、後遺症のような症状が残ったと説明しています。
当時の小阪さんに起きていたことは、単なる体形の変化ではありません。
自分で判断する力を失い、心身ともに追い詰められていたことが、後年の本人の証言から分かります。
保育園で働いたことが回復のきっかけに
小阪由佳さんが占い師との関係に疑問を持ち始めたのは、2011年ごろに保育園で働き始めてからでした。
保育園で働くようになると生活の時間が整い、増やしていた体重も徐々に減っていきました。
さらに、子どもや保護者、職員など、占い師以外の人と接する機会が増えました。
外の人と関わるうちに、小阪さんは次のような疑問を持つようになります。
- なぜ自分は周囲から孤立しなければならないのか
- なぜ苦しみながら食べ続けているのか
- なぜ占い師の指示には逆らえないのか
- 本当に自分が望んでいる生活なのか
占い師だけが正しいと思い込んでいた環境から離れ、別の価値観に触れたことが、状況を客観的に見直すきっかけになりました。
「マツコ・デラックスくらいまで」と言われ疑問を持った
占い師への信頼が大きく揺らいだのは、小阪由佳さんが「あとどれくらい太ればよいのか」と尋ねたときでした。
占い師は「マツコ・デラックスくらいまで」と答えたといいます。
小阪さんは、その返答が具体的な根拠のない、外見だけに注目した発言だと感じました。
それまで占い師の言葉を絶対的なものとして受け入れていましたが、この答えを聞いたことで、一気に違和感を持つようになったそうです。
そして初めて、「これ以上は太れない」と明確に断ることができました。
占い師との関係を一度に完全に断ち切れたわけではありませんが、保育園での仕事や周囲の人との接触を通して、少しずつ自分の判断を取り戻していきました。
保育の仕事を始めた理由
占い師との関係から離れた小阪由佳さんは、保育の道へ進みました。
保育園で働いた後、2015年には千葉県市原市で保育施設を立ち上げたと報じられています。
この時期には活動名を「小阪有花」に変更し、子どもの心や子育てに関する活動を行っていました。
芸能界で注目されることを自分の価値だと思っていた小阪さんにとって、保育の仕事は、目の前の子どもや周囲の人と直接関係を築く仕事でした。
規則正しい生活を取り戻しただけでなく、誰かの指示ではなく、自分で考えて行動する感覚を取り戻すうえでも大きな意味があったと考えられます。
小阪有花に改名した理由と現在の名前
小阪さんは2015年、活動名を「小阪由佳」から「小阪有花」へ変更しました。
保育や子育て支援を中心に活動していた時期には、小阪有花の名前を使用しています。
その後、2023年に芸能活動を本格的に再開する際、再び「小阪由佳」を名乗るようになりました。
| 時期 | 使用していた名前 |
|---|---|
| 2000年代の芸能活動 | 小阪由佳 |
| 保育活動を中心にしていた時期 | 小阪有花 |
| 2023年の芸能活動再開後 | 小阪由佳 |
過去の記事やブログに二つの名前が表示されるのは、この改名が理由です。
夫は元『仮面ライダー響鬼』俳優の栩原楽人
小阪由佳さんの夫は、元俳優の栩原楽人(とちはら・らくと)さんです。
栩原楽人さんは1989年10月19日生まれで、小阪さんより4歳年下です。
俳優時代には、2005年放送の『仮面ライダー響鬼』で安達明日夢役を演じたことで知られています。
その後もドラマ、映画、舞台などへ出演しましたが、2018年に芸能界を引退しました。引退理由については、父親の会社を継ぐためと発表されています。
『くりぃむナンタラ』で激太りの理由を告白
小阪由佳さんは、2026年9月7日放送の『くりぃむナンタラ』に出演しました。
番組では、出演者が20年前へタイムスリップしたという設定で、当時の小阪さんと対面する企画が行われました。
くりぃむしちゅーの有田哲平さんや上田晋也さんから、将来洗脳されないよう注意されると、小阪さんは20年後の出来事を知らない設定を守りながら、自身の過去を説明しました。
激太りした写真を見せられた場面では、年上の占い師から精神的な支配を受けた結果だと告白。
また、芸能界で活動を続けられるか不安になって相談したところ、「話題を作ったほうがよい」「例えば太る」と提案された経緯も明かしました。
小阪さんは、自身の写真を笑いに変えながら話していましたが、その背景には、無理な増量と精神的に追い詰められた時期がありました。
小阪由佳が過去を公表した理由
小阪由佳さんは2025年、占い師との関係や激太りの経緯をまとめた『六本木洗脳』を出版しました。
本人は現在、過去の出来事を単なる芸能スキャンダルではなく、人が精神的に支配されていく過程として伝えています。
小阪さんの経験で特徴的なのは、最初から占い師に無理やり従わされたのではない点です。
悩みを聞いてくれる信頼できる人物として近づき、少しずつ判断を委ねるようになり、気づいたときには簡単に拒否できない関係になっていました。
小阪さんは、自分と同じような経験をする人を減らすことや、周囲が異変に気づくきっかけを作るために、自身の体験を公表しているとみられます。
現在は過去を語るだけでなく、芸能事務所の代表として、若いタレントが悩みを抱え込まない環境づくりにも関わっています。
まとめ
小阪由佳さんが激太りした理由は、芸能界を引退して自然に体重が増えたからではありません。
本人は、信頼していた年上の女性占い師から「話題になるために太れ」と指示され、無理な過食を続けたと明かしています。
当初は約10キロ体重を増やし、写真では服の中へタオルを詰めて、さらに太って見えるよう演出しました。その後も増量を続け、最も重い時期には71.5キロになったと紹介されています。
小阪さんが明かした経緯は次のとおりです。
- 芸能界での将来が不安になり、占い師へ相談した
- 占い師の言葉を次第に疑えなくなった
- 芸能界引退を後押しされた
- 話題作りのために太るよう指示された
- 高カロリーの食事を無理に続けた
- 写真では服の中にタオルを入れていた
- 過激なブログやライブにも占い師が関わっていた
- 保育園で働き、外部の人と接したことで疑問を持ち始めた
- 少しずつ占い師との関係を断ち、自分の生活を取り戻した
現在の小阪由佳さんは、タレント活動を再開するとともに、芸能事務所の代表を務めています。
激太り騒動だけを見ると突発的な奇行のように映りますが、本人の証言をたどると、将来への不安につけ込まれ、自分の判断を少しずつ失っていった過程があったことが分かります。
