映画『人はなぜラブレターを書くのか』は、2000年に発生した地下鉄脱線事故と、事故から20年後に遺族へ届いた一通のメッセージをもとにした作品です。
映画を観た人の中には、次のような疑問を持った人もいるのではないでしょうか。
- ナズナは実在する女性なのか
- 信介との初恋は本当にあったのか
- ナズナが病気になったことも実話なのか
- 夫や娘、定食屋は実在するのか
- モデルになった女性は現在どうしているのか
結論からいうと、事故、富久信介さん、同じ電車に乗っていた女性、痴漢から助けられた出来事、20年後に届いたメッセージは実話です。
一方、寺田ナズナという名前や、現在の家族、定食屋、病気、手紙を書くに至った詳しい理由などは、石井裕也監督が取材をもとに作り上げた映画上の物語と考えられます。
モデルとなった女性は名前や素性を公表しておらず、現在の生活についても明らかになっていません。
ここからは、実話として確認できる部分と映画の創作部分を詳しく整理します。
※この記事には映画の結末に関するネタバレが含まれます。
『人はなぜラブレターを書くのか』は実話をもとにした映画
『人はなぜラブレターを書くのか』は、完全なフィクションではありません。
物語の出発点になったのは、2000年3月8日に発生した営団地下鉄、現在の東京メトロ日比谷線の脱線衝突事故です。
この事故では、恵比寿駅から中目黒駅へ向かっていた列車の最後尾車両が脱線。対向列車と衝突し、5人が亡くなりました。
犠牲者の一人が、当時17歳の高校生だった富久信介さんです。
そして事故から20年後の2020年、信介さんと同じ電車で通学していたという女性から、信介さんの家族へメッセージが届きます。
映画は、この実際にあった出来事から生まれました。
実話として確認できる部分
映画の中で描かれている出来事のうち、実話として確認できる中心部分は次のとおりです。
富久信介さんは実在した
細田佳央太さんが演じる富久信介さんは、実在した人物です。
信介さんは進学校へ通いながら、大橋ボクシングジムでボクシングに打ち込んでいました。
プロボクサーを目指していたものの、2000年3月8日に発生した地下鉄日比谷線の脱線衝突事故に巻き込まれ、17歳で亡くなりました。
映画では、信介さんのボクシングジムの先輩だった川嶋勝重さんを菅田将暉さんが演じています。川嶋さんも実在する人物で、後にWBC世界スーパーフライ級王者になった元プロボクサーです。
製作陣は、信介さんの父親や大橋ボクシングジム、モデルとなった女性などへ取材を行っています。
信介さん役の細田佳央太さんも、実在した人物を演じるため、約4か月にわたってボクシングの練習を重ねたと説明しています。
同じ電車に乗っていた女性も実在する
當真あみさんと綾瀬はるかさんが演じるナズナには、モデルとなった実在の女性がいます。
その女性は高校生だった当時、ほぼ毎朝、信介さんと同じ時間、同じ車両で通学していました。
女性は、いつも同じドアから電車に乗ってくる信介さんを見て、「カッコいい」と思っていたそうです。
ただし、実在の女性の名前はナズナではありません。そもそも本名は公表されていないため、「寺田ナズナ」「小野ナズナ」は映画上の名前と考えられます。
信介さんが女性を痴漢から守ったのも実話
女性が電車内で痴漢の被害に遭った際、信介さんが守ってくれたという出来事も、実際に女性が伝えた内容です。
女性は事故から20年後に送ったメッセージの中で、信介さんと同じ電車に乗っていたことや、痴漢から守ってもらったことを明かしました。
このメッセージによって、信介さんの家族は、それまで知らなかった息子の一面を知ることになります。
映画の中にある電車内の細かな会話、視線の動き、二人の距離感などは映像作品として再構成されていますが、「信介さんが女性を守った」という核になる出来事は実話です。
20年後にメッセージが届いたのも実話
実在の女性が信介さんについてのメッセージを送ったのは、事故から20年後の2020年です。
この出来事は、2020年5月10日付のスポーツ報知に「事故で亡くなったボクサー富久信介さんへ“20年後のラブレター”」として掲載されました。
石井裕也監督は、コロナ禍の中でこの記事を読み、映画化を考えたと明かしています。
映画では、事故から24年後の2024年にナズナが手紙を書く設定になっています。つまり、実際のメッセージは2020年、映画の物語は2024年に置き換えられています。
この4年間の違いからも、実際の出来事をそのまま再現した作品ではなく、実話に着想を得たドラマであることが分かります。
ナズナは実在する?名前は本名?
ナズナのモデルになった女性は実在しますが、「ナズナ」は実名ではありません。
石井裕也監督は実際に女性へ連絡を取り、なぜ20年後にメッセージを送ったのか質問しています。
しかし、女性は理由を話すことを望まず、名前や素性も明かしたくないという意向を示しました。
監督はその意向を受けたうえで、自身の想像から生まれた物語を映画にしてよいか女性へ確認。女性から了承を得て、脚本を書き始めたと説明しています。
つまり、映画のナズナは実在の女性をそのまま再現した人物ではありません。
実在の女性が語った高校時代の記憶を土台にしながら、「なぜ20年後に手紙を書いたのか」という答えのない部分を、監督が想像して作り上げたキャラクターです。
石井監督も、ナズナの行動に説得力を持たせるため、行動から逆算してキャラクターを作ったと語っています。
ナズナが病気になったのは実話?
映画では、現代のナズナががんの再発と転移を告げられます。
自分に残された時間を意識したことが、24年前の初恋や、渡せなかった手紙と向き合う大きなきっかけになります。
しかし、モデルになった女性が実際にがんを患っていたという事実は公表されていません。
監督が本人に手紙を送った理由を尋ねても、女性はその理由や素性を明かしませんでした。その後、監督の「妄想と想像」から映画化が始まったことも公式に説明されています。
したがって、ナズナの病気は、20年後に手紙を書いた理由を描くために加えられた映画上の設定と見るのが妥当です。
実在の女性も病気だった、余命を意識してメッセージを送った、という意味ではありません。
映画のナズナは最後に亡くなる?これも実話?
映画のナズナは病気が進行し、物語の中で亡くなります。
しかし、モデルとなった女性が実際に亡くなったという情報は確認できません。
ここは映画と現実を混同しやすい、特に注意が必要な部分です。
映画でナズナが亡くなったからといって、モデルの女性も亡くなっているとは限りません。
本人の名前や生活状況は非公表であり、2026年8月現在、死亡したという公式情報もありません。
したがって、「実在のナズナは病気で亡くなった」という説明は誤りです。
正確には、次のように分けられます。
- 映画の寺田ナズナ:病気になり、物語の中で亡くなる
- モデルになった女性:病歴も現在の消息も公表されていない
夫・良一と娘は実在する?
妻夫木聡さんが演じる夫・寺田良一や、ナズナの娘についても、実在の女性の家族を再現したという情報はありません。
映画公式の人物紹介では、ナズナは夫や娘と郊外で暮らしているとされています。
ただし、実在の女性は名前や素性を明かしていないため、結婚しているのか、子どもがいるのかも公表されていません。
そのため、次の設定は映画のオリジナル要素と考えるのが自然です。
- 寺田良一という夫
- 中学生の娘がいること
- 郊外で家族と暮らしていること
- 病気を家族へ隠していること
- 夫婦や親子の葛藤
- ナズナの死後に残された家族の物語
ただし、監督や製作陣が実在の女性へ取材しているため、女性の言葉や雰囲気の一部がキャラクター造形に反映されている可能性はあります。
どの部分が本人の人生から採用されたのかは、プライバシーを守るため詳しく明かされていません。
ナズナが定食屋を営んでいるのは実話?
映画のナズナは「古民家ダイニング」を営んでいる女性として描かれます。
この店や職業についても、モデルとなった女性の実生活を再現したという発表はありません。
実在の女性の職業は非公表です。
そのため、定食屋を営んでいるという設定も、ナズナの現在の生活や人柄を表現するための創作と考えられます。
映画に登場する店を探しても、モデルになった女性本人が経営している店を特定できるわけではありません。ロケ地と実在女性の勤務先は別の話なので、混同しないよう注意が必要です。
父・隆治がナズナへ返事を書くのは実話?
映画では、佐藤浩市さん演じる父・富久隆治が、ナズナから届いた手紙を読み、亡き息子の知らなかった姿に触れます。
その後、隆治もナズナへ手紙を書き始めます。
実際に、映画化のきっかけになった記事には信介さんの父親の手紙が紹介されており、石井監督はその言葉から父親の人柄や息子への思いを感じたと話しています。
このため、「父親の思いを示す手紙が存在した」という部分には実話の背景があります。
ただし、映画に登場する文章、手紙を書く場面、ナズナとのやり取り、二人が会うまでの流れなどが、現実とすべて同じだったとは確認できません。
父親の思いや実際の取材を土台に、映画として構成された部分が含まれていると考えたほうがよいでしょう。
信介とナズナは実際に付き合っていた?
信介さんとモデルの女性が交際していた事実は確認されていません。
女性は同じ電車で信介さんを見かけ、ひそかに思いを寄せていました。しかし、二人が恋人同士だったという情報はありません。
映画公式の説明でも、ナズナは信介へ「ひそかな想い」を抱いていた人物として紹介されています。
二人がお互いを意識する描写はありますが、実際にどこまで言葉を交わしたのか、信介さんも女性へ恋愛感情を持っていたのかは分かっていません。
したがって、本作は「事故で恋人を失った女性の実話」ではありません。
同じ電車で見かけていた初恋の相手へ、長い時間を経て思いを伝えた女性の物語です。
映画のどこまでが実話なのか一覧
映画の内容を、実話として確認できる部分と創作・再構成とみられる部分に分けると、次のようになります。
| 映画の内容 | 実話か |
|---|---|
| 2000年3月8日の地下鉄脱線衝突事故 | 実話 |
| 富久信介さんが事故で亡くなった | 実話 |
| 信介さんがボクシングに打ち込んでいた | 実話 |
| 同じ電車で通学していた女性がいた | 実話 |
| 女性が信介さんに思いを寄せていた | 実話 |
| 信介さんが女性を痴漢から守った | 実話 |
| 20年後に女性からメッセージが届いた | 実話 |
| 寺田/小野ナズナという名前 | 映画上の名前 |
| 手紙が届くのが2024年 | 映画上の変更。実際は2020年 |
| ナズナが古民家ダイニングを営む | 実話とは確認できない |
| ナズナに夫と娘がいる | 実話とは確認できない |
| ナズナががんになる | 映画の創作とみられる |
| ナズナが亡くなる | 映画の創作とみられる |
| 信介とナズナの細かな会話や青春場面 | 取材をもとに再構成 |
| 父・隆治が手紙を書く | 実話の背景はあるが、場面は映画的に再構成 |
| ナズナと隆治の出会い | 公開情報だけでは実話と確認できない |
モデルになったナズナの現在は?
モデルになった女性の現在は公表されていません。
確認できるのは、2020年に信介さんについてのメッセージを送り、その後、映画化に向けた取材へ応じたことです。
石井監督が本人へ連絡を取った際、女性は次の情報を明かさない意向を示しています。
- 本名
- 素性
- 20年後に手紙を送った詳しい理由
現在の居住地、職業、結婚や家族、健康状態についても分かっていません。
映画化については、監督から説明を受けたうえで了承しています。しかし、本人が宣伝活動へ登場したり、顔や名前を公表したりした事実は確認できません。
これは情報が見つかっていないのではなく、本人が匿名でいることを望んでいるためです。
そのため、「ナズナの本名は誰」「現在どこに住んでいる」「本当に亡くなったのか」といった特定につながる情報を、SNSなどから探すべきではないでしょう。
なぜ20年後に手紙を書いたのかは今も分からない
映画では、ナズナが病気になり、自分の人生に残された時間を意識したことが、手紙を書く理由として描かれます。
しかし、実在の女性がなぜ20年後にメッセージを送ったのか、その本当の理由は公表されていません。
石井監督が直接尋ねても、女性は話すことを望みませんでした。
この「理由が分からない」という部分こそ、映画が生まれたきっかけです。
石井監督は、もし理屈で説明できる明確な理由があるのなら、もっと早く行動していたのではないかと考えたそうです。
20年という時間を経なければ言葉にできなかった、説明しきれない感情。その答えを一つの物語として描いたのが、『人はなぜラブレターを書くのか』だといえます。
つまり、映画の病気という設定は「本当の理由の暴露」ではなく、監督が考えた一つの答えです。
『人はなぜラブレターを書くのか』に原作はある?
本作に、映画より前に発表された小説や漫画の原作はありません。
石井裕也監督が、2020年のスポーツ報知の記事と関係者への取材をもとに書いたオリジナル脚本です。
映画公開に合わせて黒住光さんによるノベライズ版が刊行されていますが、こちらは映画脚本を小説化した作品です。
小説が先にあり、それを映画化したわけではありません。
まとめ
映画『人はなぜラブレターを書くのか』は、実際の事故と20年後に届いたメッセージを核に、石井裕也監督が新しい物語を作り上げた作品です。
実話として確認できるのは、主に次の部分です。
- 2000年3月8日に地下鉄脱線衝突事故が発生した
- 高校生の富久信介さんが事故で亡くなった
- 信介さんと同じ電車で通学していた女性がいた
- 女性は信介さんへ思いを寄せていた
- 信介さんが女性を痴漢から守った
- 2020年、女性から信介さんの家族へメッセージが届いた
一方、次の部分は映画上の創作または再構成と考えられます。
- ナズナという名前
- 夫や娘との家族生活
- 古民家ダイニングの経営
- がんの再発と転移
- ナズナが亡くなる結末
- 2024年に手紙を書く設定
- 父・隆治との細かなやり取り
モデルとなった女性の現在は分かっていません。映画のナズナが亡くなったからといって、実在の女性も病気で亡くなったわけではありません。
実在の女性が明かさなかった「なぜ20年後に手紙を書いたのか」という空白を、監督が想像によって物語にした作品です。