Netflixが発表した『The New Stanford Prison Experiment(新・スタンフォード監獄実験)』は、参加者を看守役と囚人役に分けるという刺激的な内容です。
番組名からは、1971年に行われた有名な心理実験を、現代の研究者がもう一度検証する企画にも見えます。しかし、両者の位置づけは大きく異なります。
結論からいうと、Netflix版は大学などの研究機関が行う心理学実験ではありません。1971年のスタンフォード監獄実験の設定を取り入れ、権力を与えられた人がどのように行動するかを映す全6話のリアリティー番組です。
この記事では、Netflix版と1971年の実験の違い、元の実験が現在では問題視されている理由を整理します。
Netflix版は心理学研究ではなくリアリティー番組
Netflix版では、30人の参加者が実在する刑務所へ入り、看守役と囚人役に分けられます。米国での配信開始日は2026年10月21日と発表されています。
Peopleが2026年9月16日に報じた番組情報では、参加者は無作為に役割を割り当てられ、権力、道徳、制度上の役割が人の行動へ及ぼす影響を描くとされています。
ただし、Netflix版は学術研究として発表された企画ではなく、制作会社が作る「unscripted series(無脚本シリーズ)」です。
無脚本とは、俳優が決められたせりふを演じるドラマではないという意味で、撮影や編集が行われないという意味ではありません。出演者の選考、番組内のルール、課題の与え方、映像の編集によって、視聴者が受け取る物語は変わります。
そのため、番組内で看守役が攻撃的になったとしても、それだけで「人は権力を持つと自然に残酷になる」という科学的な証明にはなりません。
Netflix版と1971年の実験を比較
両者の主な違いは次のとおりです。
| 比較項目 | 1971年のスタンフォード監獄実験 | Netflix版 |
|---|---|---|
| 位置づけ | スタンフォード大学で行われた心理学研究 | 商業的なリアリティー番組 |
| 参加者 | 選抜された男子学生24人 | 成人30人 |
| 場所 | 大学の地下に作られた模擬刑務所 | 実在する刑務所 |
| 役割 | 看守役と囚人役 | 看守役と囚人役 |
| 当初の期間 | 2週間の予定 | 全6話。収録日数は今回確認できた発表では不明 |
| 公表された目的 | 刑務所の環境や役割が行動へ与える影響の研究 | 権力、道徳、制度上の役割を番組として観察 |
| 結果の扱い | 心理学研究として広く紹介された | 研究結果ではなく番組の内容 |
共通しているのは、参加者を看守と囚人に分け、閉鎖された環境へ置く基本設定です。
一方、1971年の実験が研究として行われたのに対し、Netflix版の目的は視聴者に見せる番組を制作することです。名称に「Experiment」と入っていても、両者を同じ種類の実験として扱うことはできません。
1971年のスタンフォード監獄実験で起きたこと
1971年8月、心理学者フィリップ・ジンバルドらは「刑務所生活の心理学的研究」として男子学生を募集しました。
参加者は看守役と囚人役に割り当てられ、スタンフォード大学の地下に作られた模擬刑務所で生活しました。看守役による侮辱や懲罰が激しくなり、囚人役に強い精神的苦痛が見られたため、2週間の予定だった実験は6日間で終了したと説明されています。
この結果は長年、「普通の人でも権力を与えられ、特定の役割へ置かれると残酷になり得る」ことを示す事例として、教科書や映像作品で紹介されてきました。
しかし、後年に資料や録音が検証されると、看守役の行動が自然に変化したという有名な説明へ疑問が向けられるようになりました。
元の実験が現在では問題視されている理由
看守役は完全に自由に行動していたわけではない
研究者ティボー・ル・テクシエは、ジンバルドが残した資料や参加者への取材を調査しました。その結果、研究側が看守役へ囚人を無力に感じさせるよう求め、運営方法や規則も示していたと指摘しています。
TIMEによる2024年11月13日の検証記事も、看守役が残酷な行動を自発的に始めたというより、研究側から期待される役割を理解して行動した可能性を紹介しています。
つまり、参加者を看守役にしただけで、全員が自然に加虐的になったとはいえません。
有名な「精神的に壊れた場面」にも演技が含まれていた
実験から早期退出した囚人役のダグラス・コルピは、精神的に耐えられなくなったように見えた場面について、後に演技だったと説明しています。
退出を求めても簡単には帰れないと思い、実験から出るために激しい反応を示したというのです。
もちろん、参加者が感じた苦痛や不快感がすべて演技だったという意味ではありません。ただし、有名な場面をそのまま人間性の変化を示す証拠として扱うことは難しくなります。
実験責任者が観察者と刑務所長を兼ねていた
ジンバルドは研究を外から観察するだけでなく、模擬刑務所の責任者として運営にも参加していました。
研究者自身が現場の役割へ深く入り込めば、参加者の行動や実験を止める判断へ影響します。現在では、この構造自体が客観性と研究倫理の両面で大きな問題だったと考えられています。
1971年の実験はすべて嘘だったのか
「すべてが作り話だった」と結論づけるのも正確ではありません。
学生が看守役と囚人役に分けられ、模擬刑務所で生活したこと、侮辱的な扱いや精神的な苦痛が生じ、6日間で終了したこと自体は事実です。
問題になっているのは、そこから導かれた結論です。
研究者の指示、参加者が期待された役を演じた可能性、責任者の介入などがあった以上、「環境と制服だけで、普通の人が自然に残酷になった」と単純化することはできません。
元の実験は、人間の本性を証明した決定的な研究というより、実験者の誘導や研究倫理を考える事例として見る方が現在の評価に近いでしょう。
Netflix版で同じ問題が起きる可能性
Netflix版では、参加者全員がリアリティー番組へ出演していることを知っています。カメラの存在や放送後の反響も意識するはずです。
さらに、視聴者を引きつける番組には対立や変化が求められます。制作側がどのようにルールを説明したか、参加者へ何を期待したか、どの場面を選んで編集したかによって印象は変わります。
この点は、研究側の期待が参加者の行動へ影響したと批判される1971年の実験と重なります。
番組を視聴するときは、看守役の行動だけでなく、次の点も確認する必要があります。
- 参加者はどのような基準で選ばれたのか
- 看守役と囚人役へどのような説明が行われたのか
- 途中退出を自由に選べるのか
- 心理専門家や医療スタッフが配置されているのか
- 制作側が対立を促す課題や指示を与えるのか
- 撮影された行動がどのように編集されているのか
倫理審査、出演報酬、安全管理、途中退出の条件については、今回確認できた発表では詳細が明らかにされていません。番組開始後に公開される説明や本編の表示を確認し、追記する必要があります。
まとめ
Netflix『新・スタンフォード監獄実験』と1971年の実験は、参加者を看守役と囚人役へ分ける基本設定が共通しています。
ただし、Netflix版は心理学の研究ではなく、その設定を使用したリアリティー番組です。番組内で起きた出来事を、そのまま人間の本性を示す科学的な結果として受け取ることはできません。
また、1971年の実験も、看守役への指示、参加者の演技、実験責任者の介入などが後年明らかになり、有名な結論は強く疑問視されています。
Netflix版の見どころは「現代でも同じ結果になるか」だけではありません。制作側のルールや期待、カメラと編集が参加者の行動をどう変えるのかまで含めて見ると、元の実験との本当の違いが見えてきます。