Netflixの実録犯罪アンソロジー第4弾『Monster: The Lizzie Borden Story』で描かれるリジー・ボーデン事件。
リジーは父親と継母を斧で殺害した疑いで起訴されましたが、1893年の裁判では無罪になりました。
先に結論をまとめると、無罪になった最大の理由は、リジーを犯人と断定できる凶器、血痕、目撃証言などの直接証拠がなかったためです。
さらに、重要な供述が証拠から除外されたことや証言の食い違い、当時の女性に対する固定観念も評決へ影響したと考えられています。
ただし、無罪は「リジー以外の真犯人が判明した」という意味ではありません。事件は現在も正式には未解決です。
リジー・ボーデン事件とは
事件が起きたのは、1892年8月4日のアメリカ・マサチューセッツ州フォールリバーです。
裕福な実業家だったアンドリュー・ボーデンと、その妻アビー・ボーデンが自宅で殺害されました。
アビーは2階の客室、アンドリューは1階の居間で発見され、いずれも斧のような刃物で頭部を繰り返し殴られていました。
当時、家にいた主な人物は次の2人です。
- アンドリューの娘リジー・ボーデン(事件当時32歳)
- 住み込みのメイド、ブリジット・サリバン
リジーの姉エマは外出中でした。
外部から侵入した明確な形跡が見つからなかったことや、リジーの説明に一貫しない部分があったことから、捜査当局はリジーを重要な容疑者とみなします。
リジーは逮捕・起訴され、1893年6月に裁判を受けました。
リジー・ボーデンが無罪になった6つの理由
1.凶器とリジーを結び付けられなかった
捜査では、地下室から柄の一部が失われた斧が見つかりました。
しかし、その斧が実際の凶器だったことや、リジーが使用したことを示す決定的な証拠は確認されませんでした。
当時は現代のようなDNA鑑定がなく、指紋捜査も実用化の初期段階です。発見された斧からリジーを犯人と断定することはできませんでした。
2.返り血の付いた衣服が見つからなかった
2人は多数の傷を負っており、犯人の衣服には相当量の血が付いたと考えられます。
ところが、捜査でリジーの衣服から犯行を裏付ける血痕は発見されませんでした。
リジーの部屋で見つかった血の付いた布についても、本人は月経に使ったものだと説明しています。これを殺害時の血痕だと証明することはできませんでした。
3.重要な供述が裁判で証拠から除外された
事件後の審問で、リジーは行動や滞在場所について一貫しない説明をしていました。
しかし、裁判所はこの審問での供述を証拠として認めませんでした。
当時のリジーが鎮静・鎮痛目的でモルヒネを投与されていたことや、弁護士による十分な助言を受けないまま供述したことなどが理由とされています。
検察側にとっては、供述の矛盾を陪審員へ強く印象付ける重要な材料を失ったことになります。
4.目撃者がいなかった
リジーが2人を襲う場面を見た人物はいません。
メイドのブリジットも犯行そのものは目撃しておらず、事件当時は自室で休んでいたと証言しました。
リジーには犯行の機会があったと考えられましたが、「家にいた」という事実だけでは殺人を証明できません。
検察側の立証は、動機や不自然な行動を積み重ねた状況証拠が中心になりました。
5.証言や時系列に食い違いがあった
リジーは事件当時、納屋へ行っていたと説明しています。
検察側はその説明を疑いましたが、目撃証言や家族それぞれの行動には曖昧な部分があり、正確な犯行時刻も現在ほど精密には特定できませんでした。
また、リジーが毒物を購入しようとしたという薬剤師の証言も、裁判では証拠として認められませんでした。
疑わしい事情は複数あっても、それぞれが殺害を直接証明するものではなかったのです。
6.当時の女性観と階級意識が影響した可能性がある
リジーは、教会活動にも参加する裕福な家庭の未婚女性でした。
19世紀末のアメリカ社会では、こうした社会的地位の女性が斧を使った残酷な殺人を実行するという見方自体が受け入れられにくかったと指摘されています。
弁護側も、リジーを礼儀正しく信心深い女性として印象付けました。
裁判を担当した陪審員は全員男性です。当時のジェンダー観や階級意識が、証拠の受け止め方に影響した可能性は否定できません。
陪審員は約90分で無罪評決を出した
裁判は1893年6月20日に結審しました。
陪審員は約1時間半の評議を経て、リジーに無罪評決を出しています。
評決は、リジーが真犯人ではないと積極的に証明したものではありません。
刑事裁判では、検察が被告人の犯行を「合理的な疑いを超えて」証明する必要があります。今回の裁判では、物証や目撃証言が不足しており、その基準を満たせなかったと考えるのが適切です。
つまり、評決の意味は次のように整理できます。
- リジーの行動には疑わしい点があった
- しかし、疑わしいだけでは有罪にできない
- 検察はリジーが犯人だと十分に証明できなかった
- そのため無罪となった
焼却したドレスは証拠にならなかったのか
事件の数日後、リジーがドレスを燃やしたことも疑いを招きました。
リジーは、塗料が付いて着られなくなったため処分したと説明しています。友人のアリス・ラッセルは、リジーがドレスを燃やす様子を見たと証言しました。
検察側は証拠隠滅の可能性を示そうとしましたが、そのドレスに血が付いていたことは確認されていません。
ドレス自体が焼失している以上、それが犯行時に着ていた衣服だったとも証明できませんでした。
無罪判決後に真犯人は見つかった?
リジーの無罪後、別の人物が事件で有罪になったことはありません。
父アンドリューへの恨みを持つ人物、メイドのブリジット、隠し子の存在など、さまざまな説が語られてきました。しかし、いずれも事件を解決する決定的な証拠はありません。
リジーは無罪判決後もフォールリバーに住み続け、1927年に66歳で亡くなりました。
法的には無罪であり、現在もリジーを殺人犯と断定することはできません。
Netflix版のブリジットとの関係は史実?
Netflix『Monster: The Lizzie Borden Story』では、リジーとメイドのブリジット・サリバンとの関係が物語の重要な要素として描かれます。
海外メディアの作品紹介では、2人の共謀を示唆するドラマ独自の解釈が取り入れられていると報じられています。
しかし、リジーとブリジットが恋愛関係にあったことや、協力して殺害を実行したことを裏付ける確実な史料は確認されていません。
ここは次のように区別する必要があります。
| 項目 | 確認されている史実 | Netflix版の解釈 |
|---|---|---|
| ブリジットの立場 | ボーデン家の住み込みメイド | 同じ |
| 事件当日の所在 | 家の中にいた | 物語の中心人物として描写 |
| 殺害への関与 | 証明されていない | 共謀の可能性を取り入れる |
| リジーとの恋愛関係 | 確かな史料はない | ドラマとして描かれる |
| リジーの有罪 | 無罪判決 | 事件を独自の視点で再構成 |
Netflix版は、解決済み事件の再現ドラマではありません。未解決事件に対する一つの解釈を取り入れた作品と考えるべきでしょう。
同シリーズはリジーを扱う初の女性中心シーズンで、1890年代の女性に課された制約もテーマにしています。
童謡の「40回、41回」は本当?
リジー・ボーデン事件は、英語圏で次のような童謡として広まりました。
「リジー・ボーデンは斧を取り、母親を40回たたいた。自分がしたことを見ると、父親を41回たたいた」
しかし、これは事実を正確に伝える歌ではありません。
殺害されたアビーはリジーの実母ではなく継母であり、また、実際の傷の数も童謡で歌われる40回と41回ではありません。
事件がセンセーショナルに語り継がれる過程で作られた民間伝承の一種であり、裁判資料として扱うことはできません。
まとめ
リジー・ボーデンが無罪になった理由は、「無実だと証明されたから」というより、検察が犯行を合理的な疑いなく証明できなかったためです。
主な要因は次の6点でした。
- 凶器とリジーを結び付ける証拠がなかった
- 血の付いた衣服が見つからなかった
- 審問での重要な供述が証拠から除外された
- 犯行の目撃者がいなかった
- 証言や時系列に不確かな部分があった
- 当時の女性観や階級意識が影響した可能性がある
Netflix版が描くブリジットとの共謀や親密な関係は、確定した史実ではなくドラマ上の解釈です。
リジーは法的には無罪であり、父親と継母を殺害した犯人が誰だったのかは、130年以上が経過した現在も確定していません。