映画『オデュッセイア』の音楽を担当したのは、スウェーデン出身の作曲家ルドヴィグ・ゴランソンです。
ゴランソンは『ブラックパンサー』『オッペンハイマー』『罪人たち』などの音楽で知られています。クリストファー・ノーラン監督とは、『TENET テネット』『オッペンハイマー』に続く3本目の共同作品です。
『オデュッセイア』では一般的な大編成オーケストラを中心にせず、古代ギリシャの管楽器アウロス、弦楽器リラ、35個の青銅製ゴング、ギター、ハープ、シンセサイザー、人の声を組み合わせました。
『オデュッセイア』の音楽担当はルドヴィグ・ゴランソン
ルドヴィグ・ゴランソンは1984年生まれの作曲家、音楽プロデューサーです。スウェーデンで音楽を学んだ後、南カリフォルニア大学の映画音楽プログラムへ進みました。
作品ごとに舞台となる土地や文化を調べ、現地の演奏家や研究者と音を作るのが特徴です。
代表的な映画音楽には、次の作品があります。
| 作品 | 音楽作りの特徴 |
|---|---|
| 『ブラックパンサー』 | 西アフリカで録音した楽器や歌声と、オーケストラ、電子音を融合 |
| 『TENET テネット』 | 強いリズムと加工した音で、時間が前後する感覚を表現 |
| 『オッペンハイマー』 | バイオリンを中心に、主人公の知性、不安、緊張を表現 |
| 『罪人たち』 | ブルースの歴史と物語を結び、時代を越えて音楽がつながる構成 |
| 『オデュッセイア』 | 古代ギリシャの楽器、青銅、人の声、電子音を融合 |
『ブラックパンサー』と『オッペンハイマー』でアカデミー作曲賞を受賞しています。『罪人たち』の音楽は2026年のグラミー賞「映像作品向けスコア・サウンドトラック部門」を受賞しました。
ノーラン監督との共同作品は3本目
ゴランソンがノーラン監督作品の音楽を担当するのは、次の3本です。
- 『TENET テネット』(2020年)
- 『オッペンハイマー』(2023年)
- 『オデュッセイア』(2026年)
ノーラン監督の過去作では、ハンス・ジマーが『インセプション』『ダークナイト ライジング』『インターステラー』『ダンケルク』などを担当しています。ゴランソンは『TENET テネット』以降の主要作品で組んでいる作曲家です。
ゴランソンは脚本を読んだ直後から監督と話し合い、映像が完成する前に作曲を始めます。『オデュッセイア』でも、衣装やセットが作られていく段階から制作現場を見て、映画全体の音を決めていきました。
ノーラン監督の条件は「オーケストラを使わない」
古代ギリシャを描く映画では、弦楽器を多く使った壮大なオーケストラ音楽が定番です。しかし、それは20世紀の歴史映画が作ったイメージであり、青銅器時代に現在のようなオーケストラはありません。
ノーラン監督は、1950年代の歴史大作を思わせる音楽を避け、劇場で聞いたことのない音を作るようゴランソンへ求めました。
そこでゴランソンは、古代の壺絵や資料に残る楽器を調べ、その音を現代の録音技術や電子楽器で加工しました。目的は古代音楽の完全な復元ではなく、古代の素材から『オデュッセイア』独自の音を作ることです。
アウロスは古代ギリシャの主力楽器
音楽の中心となった古代楽器の一つがアウロスです。
アウロスは、2本の管を同時に吹くダブルリードの管楽器です。ゴランソンは「2本のオーボエを同時に演奏するような楽器」と説明しています。
細く静かな笛ではなく、鋭く力強い音を出せます。古代ギリシャでは祭礼、競技、舞台、軍事など幅広い場面で使われ、ゴランソンは当時の「ロックスター楽器」「エレキギターのような存在」と表現しました。
本作では、古代楽器の研究者で演奏家のカラム・アームストロングが参加。資料を基に再現したアウロスの音を録音しています。
リラの音はオデュッセウスの弓を表す
リラは、古代ギリシャの壺絵などにも描かれている小型の弦楽器です。日本語では「竪琴」や「ライアー」と表記されることもあります。
ノーラン監督は、リラの弦をはじく音をオデュッセウスの弓の音と結び付けました。
原作では、オデュッセウスが不在の間、妻ペネロペに求婚者が集まります。帰還したオデュッセウスは、自分にしか扱えない弓を使って正体を示します。弓は、彼の力とイタカ王としての資格を表す重要な道具です。
音楽の弦と武器の弦に似た音を持たせることで、リラの音がオデュッセウスを示すモチーフになります。
青銅器時代を35個のゴングで表現
物語の背景は青銅器時代です。ゴランソンは時代を音で表すため、大きさの異なる青銅製ゴングを35個用意しました。
強く叩くだけでなく、マイクを近づけて小さく鳴らすなど、録音方法も変えています。同じ金属でも、叩く位置、強さ、マイクとの距離によって、低いうなりや細かな振動音が生まれます。
ゴングだけで足りない音は、手すり、空調設備、金属くずなどを叩いて採取しました。青銅器時代の楽器を忠実に演奏するのではなく、金属から得た音を映画音楽の材料として使っています。
古代楽器にシンセサイザーを重ねた理由
『オデュッセイア』の音楽は、古代楽器だけで作られたものではありません。ゴランソン自身もギター、ハープ、ゴング、シンセサイザーなどを演奏しています。
古代楽器だけに限定すると、歴史資料の再現に近い音になります。本作では古代の音を出発点にしながら、シンセサイザーで低音や響きを広げ、IMAXの大きな映像と音響に合う音へ変えました。
たとえば青銅の響きは、電子的な加工によって現実の金属音より長く、低く、不安定にできます。古代と現代のどちらかに寄せるのではなく、両方が同時に聞こえる構成です。
人の声がオーケストラの弦楽器に代わる
通常の映画音楽では、バイオリンやチェロが悲しさや緊張を表す役割を担います。本作は大編成オーケストラを中心にしないため、ゴランソンは人の声を感情表現に使いました。
参加したのが、イギリスの音楽家ジェイムス・ブレイクです。ゴランソンは、ブレイクの声が持つ感情の強さを、伝統的な弦楽器の代わりに活用したと説明しています。
劇中で歌う場面があるため、一部の音楽は俳優が撮影へ入る前に作られました。完成映像に後から音を付けるだけでなく、音楽が演技と撮影にも使われています。
トラヴィス・スコットも参加
ラッパーのトラヴィス・スコットは、音楽へ参加するだけでなく、映画本編で吟遊詩人を演じています。
『オデュッセイア』は、文字の前に口頭で伝えられてきた叙事詩です。語り手は長い物語を、声、言葉のリズム、定型表現を使って聴衆へ伝えました。
ノーラン監督は、この口承詩と現代のラップに共通点があると考え、スコットを起用しました。スコットは『TENET テネット』の楽曲「THE PLAN」でもゴランソン、ノーラン監督と組んでいます。
エンド曲「When I’m Home」には、ゴランソン、ジェイムス・ブレイク、トラヴィス・スコットが参加しています。古代の帰還物語を、現代の声と音で締めくくる曲です。
まとめ
映画『オデュッセイア』の音楽を担当したのは、ルドヴィグ・ゴランソンです。
ノーラン監督は、古代映画で定番となっているオーケストラ中心の音楽を避けました。ゴランソンはアウロス、リラ、35個の青銅製ゴング、人の声を録音し、ギター、ハープ、シンセサイザーなどを加えています。
アウロスは古代ギリシャの力強い音、リラはオデュッセウスの弓、青銅は時代設定、人の声は登場人物の感情を表します。古代楽器を使った理由と映画内での役割が、それぞれ明確に決められた音楽です。