映画『オデュッセイア』は、全編をIMAXフィルムカメラで撮影した初の長編劇映画です。
海や戦闘だけでなく、室内の会話や顔のクローズアップもIMAXで撮影されています。そのために新型カメラ「ザ・キーリー」と防音装置を開発し、撮影方法も変更しました。
衣装もIMAXの鮮明な映像を前提に作られています。制作数は5,300着。布、革、金属の素材感や汚れまで細かく調整されました。
この記事では、『オデュッセイア』のIMAX撮影で何が新しくなったのか、通常上映と何が違うのかを解説します。
『オデュッセイア』は全編をIMAXフィルムカメラで撮影
『オデュッセイア』は、すべてのカットをIMAXフィルムカメラで撮影しています。
「IMAX上映作品」がすべて同じ方法で撮影されているわけではありません。
| 表示 | 意味 |
|---|---|
| IMAXフィルムカメラで撮影 | 15パーフォレーションの65mmフィルムを横送りする大型カメラを使用 |
| Filmed for IMAX | IMAX認証デジタルカメラなどでIMAX向けに撮影 |
| IMAX上映 | 通常撮影した作品をIMAX用に調整して上映する場合もある |
ノーラン監督は『ダークナイト』で一部の場面にIMAXカメラを導入しました。その後、『ダンケルク』『TENET テネット』『オッペンハイマー』で使用範囲を広げ、『オデュッセイア』で全編撮影に到達しています。
全編IMAX撮影が難しかった理由
従来のIMAXフィルムカメラには、次の問題がありました。
- 本体が大きく重い
- フィルムを送る駆動音が大きい
- 一度に撮影できる時間が短い
- フィルム交換に時間がかかる
- 狭い場所や人物の近くへ置きにくい
特に大きな駆動音は、会話場面の撮影に影響します。撮影中に俳優の声へ音が重なるため、従来は静かなカメラへ切り替えたり、後からセリフを録音したりする必要がありました。
『オデュッセイア』には、オデュッセウスとペネロペなど人物同士が静かに話す場面があります。全編をIMAXで統一するには、音の問題を解決する必要がありました。
新型IMAXカメラ「ザ・キーリー」とは
IMAXは次世代フィルムカメラ「Keighley(キーリー)」を開発し、『オデュッセイア』で初めて実戦投入しました。
主な改良点は次のとおりです。
- カーボンファイバー製の本体で軽量化
- 従来機より約30%静音化
- 液晶ビューファインダーを搭載
- 取り回しを改善
従来機と同じ15パーフォレーション65mmフィルムを使用しながら、撮影現場で扱いやすくしたカメラです。
全編を新型カメラだけで撮ったわけではありません。新型キーリーと従来型のIMAXカメラを、撮影条件に合わせて併用しています。
「ザ・キーリー」の名前の由来
カメラ名は、IMAXの画質管理を長年担当したデヴィッド・キーリーと、妻のパトリシア・キーリーに由来します。
デヴィッドはIMAX初の最高品質責任者を務め、500本を超えるIMAX作品のポストプロダクションを監督しました。ノーラン監督とは『ダークナイト』以降、20年近く仕事をしています。
パトリシアもIMAXの品質管理や上映環境に長く携わり、現在も同社で仕事を続けています。カメラはデヴィッド一人ではなく、夫妻の功績をたたえて名付けられました。
騒音は専用ブリンプで抑えた
新型カメラも無音ではありません。そこでIMAXは、カメラ全体を覆う防音装置「ブリンプ」を開発しました。
ブリンプは、カメラから出る駆動音を外へ漏れにくくする大型ケースです。これにより、俳優の近くでIMAX撮影を行いながら、現場のせりふも同時に録音できるようになりました。
カメラとブリンプを合わせた重量は約300ポンド、約136kgです。小型化された新型カメラを使っても、防音状態では大きな機材になります。
大きなブリンプで俳優が見えない問題は鏡で解決
ブリンプを付けると別の問題が起きました。カメラが俳優の間をふさぎ、向かい合う相手の顔が見えなくなったのです。
制作チームは、カメラの近くへ鏡を設置しました。俳優は鏡に映る相手の目を見て演技します。視線が正しくつながるよう、鏡の角度と位置も調整されました。
マット・デイモンは、アン・ハサウェイとの場面で鏡を使っていたことを忘れるほど自然に演技できたと説明しています。
防音だけでは全編撮影は成立しません。ブリンプで音を抑え、鏡で俳優の視線を確保したことで、会話のクローズアップもIMAXで撮影できました。
使用したIMAXフィルムは210万フィート
撮影に使ったIMAXフィルムは210万フィートです。約640kmに相当し、撮影素材は約100時間分になります。
IMAXカメラは、一度の装填で2分半から3分ほど連続撮影でき、撮り終えるたびにフィルムマガジンの交換が必要です。
ルピタ・ニョンゴは、撮影可能時間が短いため、現場の全員が集中して準備していたと振り返っています。デジタル撮影のように長時間回し続けず、俳優、カメラ、照明、録音がそろった状態で撮影を始めます。
210万フィートすべてが完成版に使われるわけではありません。複数のテイクや別角度を含む撮影素材の総量です。
5,300着の衣装を作った理由
『オデュッセイア』では5,300着の衣装がデザイン・制作されました。
衣装デザインは、『オッペンハイマー』にも参加したエレン・マイロニックが担当。ロサンゼルスの職人175人と、世界各地の500人を超えるスタッフが衣装制作に関わりました。
登場人物が多いだけでなく、物語の場所と状況も変化します。
- トロイ戦争の兵士と甲冑
- イタカの王族と求婚者
- 船員と航海用の服
- キルケ、カリュプソ、アテナなど神話上の人物
- 各地の住民や大勢のエキストラ
- 戦闘前、戦闘後、漂流後など状態の異なる衣装
同じ人物でも、戦争や航海によって衣装が傷みます。その変化を見せるため、状態の異なる衣装が複数必要でした。
衣装は青銅器時代を基礎にした神話世界
マイロニックは、ミケーネ文明と後期青銅器時代の地中海文化を基礎資料にしました。古代のフレスコ画、織物、航海文化、神話の図像も調査しています。
一方で、特定の年代の服装を完全に復元したわけではありません。マイロニックは本作の世界を「historical(歴史的)」ではなく「timeless(時代を超えたもの)」と説明しています。
映画は紀元前の生活を再現する歴史ドキュメンタリーではなく、ホメロスの神話を映像化した作品です。史料を土台にしながら、人物の性格や物語上の役割が伝わるデザインを加えています。
IMAXに合わせて天然素材と汚し加工を使用
IMAXフィルムでは、布の繊維、革の表面、金属の傷まで大きく映ります。衣装には天然繊維や革など、古代の世界に合う素材が使われました。自然な色と質感を出すため、染色や手作業の加工も行われています。
完成したばかりの衣装をそのまま着せると、長い戦争や航海を経験した人物には見えません。スタッフは衣装ごとに次の加工を加えました。
- 布の色あせ、ほつれ、破れ
- 海水や汗を受けたような染み
- 革の摩耗とひび
- 甲冑の傷、へこみ、変色
- 砂、泥、すすによる汚れ
衣装部門にはデザイナー、裁断士、縫製担当、染色担当のほか、革職人、甲冑職人、衣装を古く見せるエイジング担当も参加しました。
5,300着という数字だけでなく、一着ごとに素材と使用期間が分かる状態を作った点が重要です。
ペネロペ、カリュプソ、アテナで衣装の考え方が違う
主要人物の衣装には、それぞれの立場が反映されています。
| 人物 | 衣装の特徴 | 表しているもの |
|---|---|---|
| ペネロペ | 赤と青の宝石色、細かなプリーツと重なり | イタカの王妃としての権威と意志 |
| カリュプソ | 自然繊維、切りっぱなし、結び、網状の外衣 | 孤島で生活する実用性 |
| アテナ | 白いリネンとフード、簡潔なドレープ | 神でありながら人間に近い存在感 |
| オデュッセウス | 傷みが進む服と甲冑 | 戦争と航海による身体・精神の消耗 |
衣装は装飾ではなく、人物の地位、環境、時間の経過を説明しています。
IMAX 70mmと通常のIMAXは何が違う?
全編をIMAXカメラで撮影していても、上映時に見える範囲は劇場によって異なります。
| 上映方式 | 主な画角 | 特徴 |
|---|---|---|
| IMAX 70mm | 1.43:1 | フィルム上映。上下方向を最も広く見られる |
| IMAX GTレーザー対応館 | 1.43:1対応の場合あり | デジタル投影でも設備と上映素材によって1.43:1に対応 |
| 一般的なIMAXデジタル | 1.90:1 | 通常版より上下が広いが、1.43:1よりは狭い |
| 通常上映 | 2.39:1など | 横長の画角へ調整。左右が増えるのではなく上下が狭くなる場合がある |
公式サイトでは、IMAX 70mm上映は1.43:1の拡張画角と説明されています。フィルムは1コマにつき15個のパーフォレーションを使い、横方向へ送られます。
「IMAX」と表記された劇場が、すべて1.43:1や70mmフィルム上映に対応しているわけではありません。鑑賞前に劇場の上映方式を確認してください。
IMAXで見る価値が大きい場面
IMAXの効果は、海やトロイ戦争の規模だけに限りません。
- 船と海面を同時に見せる縦に広い構図
- 洞窟や城壁の高さ
- 大勢の兵士を配置した戦闘
- 顔のクローズアップ
- 布、革、甲冑の細部
- 暗い場所の階調とフィルムの質感
新型カメラとブリンプを開発した目的は、アクションの迫力だけでなく、人物の表情と会話も同じ画質で撮ることです。『オデュッセイア』では、広い風景と静かな芝居の両方がIMAX撮影の対象になっています。
まとめ
『オデュッセイア』は、全編をIMAXフィルムカメラで撮影した初の長編劇映画です。
撮影では、新型カメラ「ザ・キーリー」と従来型カメラを併用。専用ブリンプで駆動音を抑え、鏡を使って俳優の視線を合わせました。使用したフィルムは210万フィートです。
衣装は5,300着。青銅器時代の資料を基礎に、天然素材、染色、汚し、破損加工を使って神話世界を作っています。
最も広い1.43:1の画角を見られるのは、対応するIMAX 70mmやIMAX GTレーザーの上映です。劇場ごとに方式が異なるため、チケット購入前に確認しましょう。