Netflixシリーズのドラマ『九条の大罪』で、柳楽優弥さんが演じる主人公・九条間人(くじょう・たいざ)。
九条は、ひき逃げ犯、薬物の売人、半グレ、ヤクザなど、世間から非難される人物の依頼も引き受けます。依頼人の刑を軽くするために法の隙間を突き、捜査機関に対して完全黙秘を貫かせることもあります。
そのため、作中でも世間から「悪徳弁護士」と呼ばれています。
ただし、九条は金だけを目的に犯罪者を無罪にする、単純な悪人ではありません。
九条が守ろうとしているのは、依頼人の人格や行為ではなく、誰にでも認められた弁護を受ける権利です。一方で、その手段は法律家として許される範囲を越えているのではないかという疑問も残ります。
この記事では、九条がなぜ悪人を弁護するのか、事件ごとに何を守ったのか、悪徳弁護士と呼ばれる本当の理由を解説します。
九条間人はどんな弁護士?
九条間人は、九条法律事務所を一人で営んでいた弁護士です。
事務所は一般的な法律事務所とは思えない元ナイトパブのような内装で、九条自身はビルの屋上にテントを張って暮らしています。
最大の特徴は、依頼人を善人と悪人に分けないことです。
| 九条の特徴 | 内容 |
|---|---|
| 依頼人を選ばない | 半グレ、ヤクザ、前科者の弁護も引き受ける |
| 感情と法律を分ける | 被害者感情だけで刑事責任を決めない |
| 完全黙秘を使う | 捜査機関へ余計な情報を渡させない |
| 依頼人の利益を優先 | 世間の評判より依頼人の権利を守る |
| 法廷外の危険も考える | 釈放後に組織から殺される危険まで予測する |
| 本心を語らない | 助けた理由や感情をほとんど説明しない |
東大法学部を首席で卒業した烏丸真司(からすま・しんじ)は、九条のやり方に強い疑問を抱きます。
視聴者にとっても、烏丸の反応は自然です。「明らかに悪いことをした人を、なぜそこまで守るのか」と感じるからです。
九条が悪人を弁護する理由
1.弁護士の仕事は依頼人を裁くことではないから
九条は、依頼人が善人か悪人かを決めることを自分の仕事だとは考えていません。
犯罪を捜査するのは警察、起訴するのは検察、証拠に基づいて有罪・無罪や刑を決めるのは裁判所です。弁護士は、被疑者や被告人の権利を守り、捜査や裁判が適正に行われるよう支える立場にあります。
九条が依頼人を嫌っていたとしても、その人物が弁護を受ける権利まで失うわけではありません。
むしろ、世間から強く非難されている人物ほど、感情だけで必要以上に重い処分を受けないよう、弁護士による確認が必要になります。
2.法律と道徳は同じではないと考えているから
九条は、道徳的に許せない行為と、法律上処罰できる行為を分けて考えます。
「悪い人に見える」「反省していない」「被害者がかわいそう」という感情だけでは、有罪の証拠にはなりません。反対に、人として同情できる事情があっても、犯罪が成立すれば刑事責任を問われます。
九条は、この不一致を曖昧にしません。
だからこそ、被害者側から見れば冷酷に映ります。しかし、法律が世論や感情だけで動かないために必要な役割を、極端な形で引き受けているともいえます。
3.ほかの弁護士が避ける人ほど弁護を必要としているから
九条の依頼人には、半グレやヤクザだけでなく、知的障害、貧困、家庭環境などの事情により、社会のなかで弱い立場にいる人もいます。
彼らは十分な知識を持たず、警察や組織の言うままに動き、自分の権利を主張できないことがあります。
社会的な評判が悪い人、金を持たない人、問題を抱えた人の弁護を多くの法律家が避ければ、権利は制度上存在していても実際には使えません。
九条は、その空白を埋めようとしています。
4.依頼人の刑だけでなく、法廷外で生き残る方法を考えているから
九条の判断は、裁判で勝つことだけを目的としていません。
曽我部聡太(そがべ・そうた)の事件では、組織について話せば刑が軽くなる可能性があっても、釈放後に命を狙われると考えました。
刑事裁判だけを見れば、実刑を避けることが依頼人の利益に思えます。しかし法廷を出たあとに殺されれば、その勝利に意味はありません。
九条は、法律が守れる範囲と守れない範囲を知ったうえで、依頼人が生き残る現実的な道を選びます。
九条は本当に悪徳弁護士なのか
結論からいうと、犯罪者やヤクザを弁護することだけを理由に、九条を悪徳弁護士と断定することはできません。
刑事事件では、罪を認めている人にも弁護人が必要です。
弁護士は、無罪だけを目指すわけではありません。
- 違法な取り調べが行われていないか確認する
- 本人がしていない行為まで罪に含まれていないか争う
- 責任能力や犯行時の状態を確認する
- 被害弁償や示談を進める
- 必要以上に重い刑にならないよう事情を伝える
- 釈放後の住居や支援体制を整える
こうした活動は、犯罪を肯定することとは別です。
九条が「悪徳」に見えるのは、弁護する相手ではなく、依頼人を守るために選ぶ手段と、被害者への説明をほとんどしない姿勢にあります。
事件ごとに見る九条の弁護と信念
森田竜司のひき逃げ事件|加害者を守りながら被害者側にも道を残す
第1話で九条が弁護する森田竜司(もりた・りゅうじ)は、酒を飲み、スマートフォンを見ながら車を運転していました。
自転車の親子をはね、父親は死亡。息子は左脚を失います。
九条は事故の状況を調べ、森田の運転によって父親が死亡したと断定できるのかを争い、執行猶予を得ました。
被害者家族から見れば、到底納得できない結末です。
一方、九条は薬師前仁美(やくしまえ・ひとみ)を通じて、被害者家族へ保険会社を相手に争う道を示していました。
九条は加害者側の弁護士であるため、森田の利益を守ることが職務です。それでも、被害者家族が低い補償のまま終わることを放置していません。
この事件は、九条が加害者を無条件に肯定しているのではないことを示します。
ただし、事故後のスマートフォンやレシートを巡る指示は、証拠を隠す行為へ関与したのではないかという疑いを残しました。最終回では森田が九条に不利な供述をし、映画版で九条自身が捜査される伏線になります。
曽我部聡太の薬物事件|自由より命を優先
曽我部は軽度の知的障害があり、金本卓(かなもと・すぐる)から薬物の運び役として利用されていました。
烏丸や薬師前は、曽我部が金本の関与を明かし、支配から逃げることを望みます。しかし九条は、曽我部が組織を裏切れば外へ出たあとに殺されると考えます。
九条が選んだのは、曽我部に実刑を受けさせ、刑務所という外部から手を出しにくい場所へ移すことでした。
一般的な「刑を軽くする弁護士」の姿とは逆です。
依頼人の自由を一時的に失わせても命を守る。この判断から、九条が目先の判決だけで動いていないことが分かります。
家守華江の遺産事件|法律だけでなく世論を使う
認知症の父親が介護施設へ約4億円を寄付する遺言書を書かされていた事件では、九条は家守華江(やもり・はなえ)の依頼を受けます。
相手側には九条の恩師・山城祐蔵(やましろ・ゆうぞう)が付いており、本人が署名する映像も残されていました。
九条は遺言の有効性だけを法廷で争うのではなく、施設内の虐待映像を報道へ流し、菅原遼馬(すがわら・りょうま)と山城を社会的に追い詰めます。
依頼人の財産を取り戻すため、裁判外の圧力も利用するやり方です。
結果として遺産は返還されますが、「正しい側の依頼人を守る場合なら、グレーな方法を使ってもよいのか」という別の疑問が生まれます。
笠置雫の殺人事件|加害者のなかにいる被害者を見る
笠置雫(かさぎ・しずく)は、自分を支配し搾取してきた中谷修斗(なかたに・しゅうと)を殺害します。
殺人をした事実だけを見れば、雫は加害者です。
しかし九条は、雫が長期間にわたって心理的・経済的に支配され、AV出演や性風俗の仕事へ追い込まれていた背景を裁判で示します。
九条が守ろうとしたのは、殺人をなかったことにすることではありません。雫が置かれていた状態を無視し、単純な悪人として処罰されることを防ぐことです。
雫には懲役3年の判決が下されます。九条は出所後に行き場がなければ事務所へ来るよう伝えました。
法廷で刑を軽くするだけでなく、刑を終えたあとの人生まで考えた場面です。
京極清志の事件|最も危険な境界線
伏見組若頭の京極清志を弁護したことで、九条法律事務所と暴力団の関係は急速に深まります。
弁護士が暴力団関係者を弁護すること自体は、直ちに違法ではありません。どのような被疑者・被告人にも弁護を受ける権利があるためです。
問題は、通常の弁護活動を越え、犯罪組織の活動を助けたり、証拠隠しや逃亡へ関与したりしていないかです。
烏丸は、依頼人たちが自分を守るために九条を売れば、九条が犯罪へ関与したと疑われると警告します。また、組織に不都合な情報を知りすぎれば、命を狙われる恐れもあります。
九条が京極たちの弁護を続ける選択は、弁護士の使命と犯罪への加担の境界を最も危うくします。
悪人にも弁護士が必要なのはなぜ?
有罪かどうかを決めるのは弁護士ではない
逮捕された時点では、その人が犯罪をしたと裁判で確定したわけではありません。
捜査機関が集めた証拠に誤りがある可能性や、本人がしていない行為まで疑われている可能性もあります。
弁護人が証拠や捜査手続きを確認しなければ、無実の人が処罰されたり、実際より重い罪を負わされたりする危険があります。
罪を犯した人にも適正な刑を受ける権利がある
犯罪をした人を弁護することは、必ず無罪にすることではありません。
実際に罪を犯していても、犯行の経緯、本人の状態、被害弁償、更生の見込みなどを踏まえ、法律に沿った刑を求める必要があります。
世論が強く非難しているからといって、証拠や法律を越えて重く処罰することはできません。
権利は人気のある人だけのものではない
もし「善人だけが弁護を受けられる」という制度になれば、誰が善人かを捜査機関や世論が先に決めることになります。
それでは裁判を行う前に結論が決まってしまいます。
権利は、社会から好かれている人だけに与えられる特典ではありません。最も嫌われている人物にも同じ手続きを保障できるかどうかが、制度の公平さを支えています。
九条は、この原則を徹底している人物です。
九条の弁護はどこから違法になる?
作品を見るうえで重要なのは、「犯罪者を弁護すること」と「犯罪を手伝うこと」を分けることです。
| 弁護活動として行われること | 問題になり得る行為 |
|---|---|
| 黙秘権を説明する | 証拠を隠す・捨てるよう指示する |
| 検察の証拠を争う | 虚偽の説明を作って話させる |
| 責任能力や事情を主張する | 逃亡や犯人隠避を助ける |
| 示談や被害弁償を進める | 被害者や証人を脅す |
| 保釈を請求する | 犯罪組織の活動そのものを支援する |
完全黙秘を勧めること自体と、嘘を作って供述させることは同じではありません。
また、依頼人の秘密を守る義務があることと、将来の犯罪へ協力してよいことも別です。
ドラマは、この境界を意図的に曖昧に見せています。九条の行動が適法な弁護の範囲なのか、依頼人を守るために一線を越えたのかが、映画版の「九条の罪」へつながります。
九条と烏丸の違い
九条と烏丸は、善と悪をそのまま表す人物ではありません。
| 九条 | 烏丸 |
|---|---|
| 法律と感情を分ける | 被害者の感情を重視する |
| 依頼人を選ばない | 依頼人との距離に悩む |
| 法廷外の危険まで考える | 弁護士として越えてはいけない線を重視する |
| 結果のためにグレーな方法も使う | 九条が犯罪へ巻き込まれることを恐れる |
| 本心を語らない | 疑問や反発を言葉にする |
烏丸は、九条の考えを完全に否定しているわけではありません。
九条が誰にも見捨てられた人を弁護していることを理解し、その仕事を必要だとも感じています。
それでも、依頼人を守るために九条自身が犯罪者になれば、本来の使命を果たせなくなると考えます。
最終回の決裂は、「悪人を弁護するかどうか」ではなく、「どこまで依頼人の側へ入るのか」を巡る対立です。
九条が「必要ありません」と答えた理由
烏丸は最終回で、現在の九条に自分が必要なのかと尋ねます。
九条は「必要ありません」と答え、烏丸を事務所から去らせました。
この言葉には二つの解釈があります。
ひとつは、自分の弁護方針を変えるつもりがなく、異議を唱える烏丸と決別したという解釈です。
もうひとつは、警察・検察や裏社会から追い詰められる自分のそばにいれば、烏丸まで危険になるため、あえて突き放したという解釈です。
九条は本心を説明していませんが、これまでの行動を見ると、相手を守るために理由を語らず動くことがあります。
映画公式サイトでは、二人は袂を分かった状態でありながら、九条が追い詰められるなかで烏丸が弁護士として思わぬ行動に出ると発表されています。
九条が本当に烏丸を必要としていないのかは、映画の重要な見どころです。
映画版で九条はなぜ逮捕される?
映画『九条の大罪』では、警察と検察が九条へ逮捕状を突きつけます。
九条は自分を20日間で「パイ」、つまり保釈できるのかという状況に置かれ、弁護士バッジを懸けた最後の弁護を始めます。
ただし、2026年9月1日時点の映画公式サイトでは、具体的な逮捕容疑は明らかにされていません。
ドラマで考えられる捜査の糸口には、次のものがあります。
- 森田が、事故後のスマートフォンについて九条から指示されたと供述した
- 九条と壬生、京極ら反社会的勢力との関係が深まっている
- 犬飼による京極の息子の拉致事件が起きた
- 壬生が京極を裏切り、裏社会の抗争が始まる
- 九条法律事務所が京極の部下に襲撃される
これらのうち、何が逮捕容疑へ直接結びつくのかは未発表です。
悪人を弁護したから逮捕されるのではなく、九条自身が犯罪へ関与したと警察・検察が判断する証拠があるのかが焦点になります。
九条の本当の「大罪」とは?
題名の『九条の大罪』は、単に九条が法律違反をしたという意味だけではないと考えられます。
九条が背負っているのは、社会が見捨てた人を弁護する役割です。
弁護士は正義の味方であってほしい、悪人を助けてほしくないという世間の期待に背き、嫌われる人物の権利を守ります。その結果、被害者や遺族から見れば、犯罪者を救い、苦しみを増やす存在にもなります。
一方で、九条がいなければ、弱い立場の曽我部や雫まで、組織や社会から一方的に切り捨てられていた可能性があります。
九条の「大罪」は、悪を弁護したことなのか、依頼人のために法律の境界を越えたことなのか、それとも社会が担わない役割を一人で背負おうとしたことなのか。
作品は答えを決めず、視聴者へ問いかけています。
まとめ
九条間人が悪人を弁護するのは、犯罪を肯定しているからではありません。
九条は、依頼人の善悪と弁護を受ける権利を分け、ほかの弁護士が避ける人物にも法律上の手続きを保障しようとしています。
森田の事件では加害者を弁護しながら被害者家族へ別の道を示し、曽我部の事件では自由より命を優先しました。雫の事件では、殺人の加害者のなかにいる搾取の被害者を見ています。
その一方、証拠を隠す行為や逃亡への協力まで行えば、弁護活動ではなく犯罪への加担になり得ます。九条が依頼人へ近づきすぎたことで、この境界が崩れ始めました。
映画版では、九条自身に逮捕状が出されます。
九条は悪徳弁護士なのか。それとも、誰も引き受けない役割を担った結果、悪徳と呼ばれているだけなのか。映画で明らかになる「九条の罪」は、この問いへのひとつの答えになりそうです。